第二章 『女鐘 愛』
女性は無表情でその日記帳をパタンと閉じる。
「どうっすか?」
隣に居る男性が好奇心を込めた口調で女性に聞いた。
「……森田くぅん、相変わらず胡散臭いネタとってくるねえ」
森田と呼ばれた男性は苦笑いする。
「へへ! 良いんですよぉもっと褒めてくれても! メガネさんが『ミステラ』の〝創刊二十周年特別企画〟の一つを担当する事になったって聞いたんで特別に用意したネタです!」
それを聞いて、メガネと呼ばれた女性は苦笑する。
「森田くん、もしかしてコレがとっておきのネタっていうんじゃ――」
「いやいや! まだ続きがありますよぉ!」
森田はコホンと咳ばらいをすると、得意げに続ける。
「実はこの日記帳なんですけど、蜘蛛酉山っていう山にあったんですよ。 メガネさんこの山知ってます?」
「知らね」
「都内からも近い場所にあります。 あとで場所を確認しておいてください」
森田は引き続き語りだす。
「一週間前、そこのキャンプ場に遊びに来ていた若者グループが山道を散策していた時のことです。 若者たちは記念に〝ウラノス〟で動画を撮影していました。 するとウラノスが何かに反応して――」
「その反応した先に日記が落ちてた?」
「最後まで聞いてください。 ウラノスの反応していた先へ行ってみると、そこは開けた空間で湖が広がっていました。 そして見つけたんです。 〝洋館〟を」
「洋館?」
「はい。 秘境の湖に洋館……これだけでも面白そうな雰囲気しますよね? 若者グループは洋館に近づきました。 そしてその洋館の庭でこの日記帳を拾ったと」
「中には入ったの?」
「面白半分で窓から中に入ろうとしたらしいんですが、突然! ……」
「……溜めんな、はよ言え」
森田はしばらく勿体ぶるのを楽しむとようやく続きを語りだす。
「その部屋の中には小学生ぐらいの女の子が居ました。 若者は驚いて君はだれ? と聞いたそうなんです。 そしたらその女の子はニヤっと笑うと、突然『アリガトウ! タスケテクレ!』と叫んで窓の方に全速力で近づいてきた! しかもそれは太い男性の声だったんです! 若者たちは後ろも見ずに一目散に逃げました! 洋館から離れる最中も、男性の声で『マテ~! マテ~!』と呼ぶ声が聞こえたらしいです……!」
興奮しながら語り終える森田に、メガネは無表情で質問する。
「ウラノスで撮影してたんだよね? 映像は?」
「ありません。 肝心の映像をあとで見返してみると、洋館は一切映ってなくてずっと湖の方を向いていたらしいです。 僕も映像を確認してみましたが、確認できたのは若者たちが驚く声だけ」
「じゃあヤラセだね」
「いやいや待ってくださいよぉ! そこはメガネさんの力でどうとでもなるじゃないですか」
「ヤラセの提供に全力で乗っかれって?」
「そうは言いません! というのも――さすがに洋館が無きゃ始まらないので、一応三日前に現地にわざわざ行って確認はしました! 洋館はありました! これがその写真です!」
森田は洋館を写した写真をメガネに見せた。 かなり朽ちている洋館だった。
「ほう、成長したね森田くん。 中の写真は?」
「いやそれなんですが……」
中の写真を聞いた途端、森田は急にバツが悪そうな表情をする。
「中の写真も撮影したんですが、撮っても撮っても何も写らなくて……」
森田はデジタル一眼レフカメラのディスプレイをメガネに見せる。
「ほら、この白い画像が撮った部分です。 開いてる玄関から中を撮ったんですけど、全てこんな感じで――」
「中は入ったの?」
「いや……その時僕一人だったんですけど、なんかその瞬間にめちゃくちゃ誰かの気配感じてしかも急に背筋に寒気が走って、その場から……逃げました」
「はあ?」
メガネは心底呆れた様子で森田を見た。
「いやいや! あそこはマジでなんかあるんすよ!」
「誰かが居るとかじゃなくて?」
「その後役所でも調べたんですが、どうやら未登記建物らしく、役所にもデータがありませんでした。 だから居るとしてもホームレスとかだと思います」
「つまり完全な〝廃墟〟ってわけね」
「そうです! 〝廃屋敷の怪〟ってやつです! どうすか?」
「その若者グループとはどこで情報を交換したの?」
「グループの一人が〝僕のチャンネル〟のリスナーらしくてそれで情報をもらいました」
「あれ、森田くんChoo Tuberなんてやってたの?」
「ブログもやってるっすよ~? さすがにカメラマンの仕事だけじゃ暮らしていけないんで」
「森田くんそういうのに疎いと思ってたからちょっと意外」
「最近は〝Ai〟が全部編集作業とかやってくれるんで簡単っすよ」
メガネは森田の収入にはあまり関心はなかったが、色々と手広く活動していることに関心する。
「何ならメガネさん。 情報提供者に直接取材入れてみます?」
「いや、いいや」
「なんでですか?」
「材料は揃ってる。 後はそれをどう上手く料理するかが私たち編集ライターの仕事」
森田はメガネの言葉に感心したように頷く。
「さっすがメガネさん! メガマジ先輩はまだ生きてるっすね!」
――女鐘愛。
愛称はメガネちゃんだが、高校時代の彼女を知る後輩からはメガマジ先輩と呼ばれている。
高校時代に所属していた〝雑誌部〟で、彼女はどんなにつまらなそうなネタからも面白い記事を作ってしまう事から、女鐘愛のマジック。 通称『メガマジ』と呼ばれるようになった。
「ヤラセをさせたら右に出るものは居ないっすからね!」
「ヤラセじゃないって……」
メガネにとってはヤラセのつもりはなく、あくまで真実を装飾するという認識だ。
「てか、森田くんも立派なカメラマンになって偉いね」
――森田美鶴。
メガネの高校時代の後輩で、写真部に所属していた。
高校時代、部活同士の写真のネタ提供や合同企画などでお互い世話になっており、社会人となった現在も交流が続いていて現在はフリーのカメラマンをしている。
「――てことはメガネさん。 今回のコレ、取材行っちゃいますかぁ!」
「山奥の謎の洋館に謎の少女に謎の日記帳。 材料としては悪くないねえ。 頂いた」
森田はそれを聞くと嬉しそうに自分のカメラを取り出す。
「言ってくれると思ってましたぁ! じゃあ日取りを決めましょう! いつ行きますか?」
嬉しそうにする森田には申し訳ないが、メガネにはある計画があった。
「今回のネタは森田くん来なくていいから」
「え? なんでですか! 僕が持ってきたネタですよ?」
「森田くんには一つ重要な役をお願いするよ」
――一週間後。
メガネは例の日記帳をリュックに仕舞う。
「期待してるよメガネちゃん! 俺もネットで見てるからね!」
「期待しててください。 じゃあ編集長、行ってきます」
メガネは編集長に挨拶すると、オフィスを後にする。
――外に出たメガネは出版社の外に停めてある自分の車に乗り込み、大きく深呼吸をする。
そして懐から片眼鏡のようなものを取り出して右目に装着した。
「『ウアジェット・アイ』視界良好、感度バッチリ?」
そうひとこと言うと、次にリュックからピンポン玉サイズの〝三つの球体〟を取り出して宙に投げた。 球体は車内に放り投げられると、空中をユラユラと漂う。
「『ウラノス・アイ』三機起動」
メガネは満足するとシートベルトを締めて車を発進させた。
――しばらく都内を車で走らせていると、電話のコール音が鳴る。 メガネは「通話」と言うと、車内で声が聞こえた。
≪メガネさん、聞こえますか? 映像と音声確認しました。 問題なく視聴できてます≫
森田の声が〝鼓膜〟に届く。
「骨伝導式イヤホンも良好。 そっちの声もしっかり聞こえてるよ」
≪今会社を出た所ですか?≫
「うん、これから同行してもらう〝スピリチュアリスト〟と合流するよ」
≪例のインチキ霊能者っすか?≫
森田が笑いながら言う。
「本物かどうかはこの際どうでもいい。 動画共有サイトのChoo Tubeで結構人気のスピリチュアリストだし、編集長とも面識あるから紹介されたんだ」
≪ああ、あの人最近売れてるっすよね。 ネット広告に出てるの見たっす≫
「うん、しかも笑えるのが心霊系と全く関係ないメンズの脱毛クリームの広告ってところね」
森田が大笑いし、メガネも笑う。
≪仕事選ばなさすぎっしょ!≫
「ホント。 まあ、だから急な出演にも了承してくれたんだけどね」
――メガネはしばらく車を走らせ、住宅地の一角に車を停める。 そこから例のスピリチュアリストの番号へ電話を掛けた。 二度目のコール音の後、通話になる。
「あ、もしもし。 妖解出版の月刊ミステラ女鐘です。 今アパートの前に着きま――」
≪ヨコ~見てください~≫
メガネが助手席側の窓を見ると、外に白のワンピース姿の女性が電話に耳を当てながらこちらを見ている事に気づく。
メガネと女性の目が合うと、女性は手を振ってからドアを開いた。 ――その手には、おもちゃっぽい〝貝殻のブレスレット〟を着けていた。
「ド~モ~! メガネさんですか?」
「あ、おはようございます! 転生さんですね! どうぞどうぞ!」
メガネは元気よく挨拶して女性を車内の助手席に招き入れる。
「ふぅ~相変わらず暑いですねぇ! 蝉の声がうるさい~」
乗ってきた女性は――転生来花。
大手の動画共有サイトChoo Tubeで動画やライブ配信で生計を立てているChoo Tuberだ。
「どうぞライカって呼んでください~」
ライカは人懐っこい笑みを浮かべて言う。
「あ、そうですか? じゃあライカさんで」
スピリチュアリストに偏見を持っていたメガネはライカの愛想の良さに好感を持ちつつ、車を発進させた。
「ライカさん、急な出演依頼ですみません」
運転しながらメガネが謝ると、ライカはニコッと笑いながら言う。
「大丈夫ですよ~。 早速ですけど、流れを再確認してもいいですか~?」
けっこう真面目なんだな。 メガネが説明しようとした時、ライカはそれを遮る。
「お昼ご飯代って確かそちらで出してくれるんですよね? 朝なにも食べてないからお腹空いちゃいました~。 お昼食べながらにしましょ?」
「ああ、そうですね。 一人二千円で会社から食事代出ます。 ライカさんどこか行きたいところあります?」
「う~ん、特にこれといって食べたい! ……ってのは無いんですけどぉ、今は何かお肉が食べたい気分でぇ……ほら、最近話題になってる焼肉店の贅沢三昧さんとか――」
「近くにおススメの定食屋さんありますからそこ行きますか」
都内の高級焼肉店だ。 二千円だっつってんだろ! メガネはライカの話を遮り最寄りの定食屋に車を走らせる。
――定食屋に着きメガネは天ぷらそば、ライカは焼肉定食とコーラを注文する。
注文を終えた店員が店の奥へ行ったのを確認すると、メガネはライカに今日の流れを説明する。
「じゃ、今日の流れなんですけど……メールでもお伝えした通り謎の日記帳が落ちていた廃屋敷に潜入取材します」
「はい」
「ミステラ創刊二十周年の特別企画の一つで、私が取材から記事執筆までさせてもらいます」
「アイちゃんて呼んでもいいですか?」
「へ?」
唐突に下の名前で呼ばれて一瞬困惑するメガネだったが、ああやっぱライカさん変人だなと納得して了承する。
「いいですよ。 むしろそっちの方が慣れてたりしますから」
「やった!」
「でも取材中はメガネでお願いしますね。 本誌でもメガネが通称なので」
「オッケオッケ! 仲良くしようねアイちゃん!」
「ああ、はい……」
店員がコーラを持ってきてテーブルに置く。
ライカは優雅な手つきでコーラに刺さったストローに口をながら言う。
「でもアイちゃんてスゴイですねえ~! 傾きかけてた紙媒体を復活させちゃうんだからぁ」
「え? まあ、はい。 誰から聞きました?」
「編集長さんですよぉ。 このデジタル媒体が主流になってる社会で〝本を復活〟させたパイオニアだって、すごい褒めてましたよぉ」
「いや、まあ……それほどでも!」
メガネはにやける。 褒められることにはあまり慣れていなのだ。
メガネは照れ隠しするように今日の取材の説明を始める。
「――廃屋敷に着いたら中に入って中を探索したり、ライカさんが霊視をしたりします!」
「そこで、私が〝すっごい霊視〟をしちゃえばいいのねッ?」
「ええ、まあそこはお任せします。 動画の方もいくつか拝見させていただきましたけど、ライカさんの〝霊視動画〟どれもけっこう面白かったので、いつも通りな感じで大丈夫です」
ライカはウィンクして親指を立てる。
「任せて!」
意外とお茶目な所もあるのか? やはり動画配信で生計を立てている人は違うな、とメガネは思った。
「――で、さっきから気になってたんだけどぉ、この周りにプカプカ浮いてるボールは何?」
それは、メガネが出発前に車の中に放った〝三つの球体〟だった。
「ああ、これはAi搭載の〝ドローンカメラ〟です」
「ドローンカメラ?」
「前はドラマや映画の撮影でも使われてたんですけど、最近一般の人でもリーズナブルな価格で流通してるんですよ。 設定した対象……つまり今回は私の事ですね。 私の周囲で起こる関連性のある事象をAiが予測判断して、良いアングルであったり効果を付けて撮影をしてくれるんです」
ライカは「すごい!」と言いながら小さく拍手をする。
「お手軽にCGや著作権に違反しない音楽、合成映像をリアルタイムで生成できるんで、インディーズ作品とかアマチュアはみんなこの機械を使ってるんです」
「へえ、私も生配信で試してみようかなぁ!」
少し話が脱線。 メガネは本題の話をしようと思った。
「森田くんていう私の高校時代の後輩がいるんですけど、今回の情報提供者が彼なんです。 今回は彼のChoo Tubeチャンネルでミステラ創刊二十周年の廃屋敷取材の生配信をするという条件で協力してもらってます。 まあコラボみたいなもんですね。 ドローンで撮影された映像は後日ミステラの公式チャンネルでも公開予定です」
「けっこう手が込んでる~。 そんなハイテク機器に囲まれて取材とか光栄すぎるぅ」
メガネは宙を向いて語り掛ける。
「森田くん、お返事どうぞ」
≪こちら森田っす。 ライカさん今日はよろしくお願いします!≫
ドローンのスピーカーから森田の声が流れた。
「あらまあ! よろしくお願いします~」
ライカは驚きつつも好奇心ルンルンな目で三機のドローンをそれぞれ見る。
≪配信は廃屋敷に到着するぐらいの十四時頃から開始なんで、今はリラックスしててくださいね! それにしても、いつも配信見てますけど、可愛いですねライカさん!≫
ライカは森田の言葉にお礼を言う。
「こら森田くん、失礼でしょ。 ほらほら、今から食事だから視界シャットダウン」
撮影モードがオフになる。 森田の声も聞こえなくなった。
「ごめんなさいライカさん、任意にカメラ機能オフに出来るので何かあったら言ってくださいね」
「いえいえ! 面白い機能だぁ。 もしかしてその片眼鏡もそう?」
ライカはメガネが着けている片眼鏡を指さす。
「はい、この片眼鏡はウアジェット・アイって名前で、これも同じように動画や写真撮影は勿論、ウェアラブル機能もあって時間や動画配信中の視聴者のコメントとかも確認できたりします」
「凄すぎるぅ~! ハイテク機材で取材とかロマンあるッ!」
興奮するライカを見てちょっとだけ自慢げな表情になってしまうメガネ。 だが、重要な事を思い出し小声でライカに言う。
「あ、ライカさん。 一つだけ注意してほしいんですけど……」
メガネはテーブル越しのライカの顔へ少しだけ近づける。 ライカもメガネへ耳を寄せた。
「その廃屋敷の撮影許可なんですけど、私も森田くんも調べてみたんですが役所に撮影許可をお願いしても未登記建物らしくて撮影許可が下りなかったんですよ」
「えッ! それって無許可でやるってこと?」
ライカは眉をひそめた。
「そもそもその建物自体がデータ上に存在していないんです。 だから無許可と言えば無許可なんですけど、違法な建築物の可能性もあるので一概に我々が違法とも言えないんです。 ですからこの取材は、場所をぼかして紹介して、嘘でも特別な撮影許可を取ってるって体でお願いしたいんですよ」
「大丈夫かなあ~? 捕まらない?」
「大丈夫ですよ。 未登記の建物で所有者も見つからないんですよ? 人が住んでいなければ大丈夫です!」
ちょうど店員が二人の注文した料理を持ってきた。
※ちなみに未登記で所有者が不明でも違法となります。 皆さんは真似しないでください。
※
――食事を終えた二人は蜘蛛酉山のキャンプ場へ到着し、目的の廃屋敷を目指し歩いていた。
「ライカさん、やっぱその服装はちょっとダメだったんじゃないですか?」
歩きながら、メガネは白いワンピース姿で森林を進むライカを見る。
「うう……こんな険しい山道だとは聞いてなかった~! 虫も多いし最悪!」
「すいません。 私もちょっと想像超えてました……。 あ、私のベスト着てください」
苦悶の表情を浮かべるライカに、メガネは自分の着ているタクティカルベストを着せる。
「えっと……衛星写真の地図だと、もう少しで着くはず……」
片眼鏡に表示されている衛星画像を見ながら、二人は目的地へと歩く。
――しばらく歩き、開けた空間に出る。
湖に囲まれ、目の前にはツタが多く絡まり森とほぼ同化した巨大な屋敷が建っていた。
「――見つけた……」