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肉料理(ヴィアンド)

 自分は彼女(せかい)を救うために、この世界に生まれてきた筈だ。


 テレシアは今も気丈に振る舞っている。刻一刻

と嫁入りの日が迫る中で、それでも普段と変わらず美しく、健やかだ。


 しかし、日々の生活の中で自分やサランにしか分からない様な憂いを帯びた表情をする事があり、やはり心中は穏やかでは無いのだろう。


 自分の頭が良くない事は分かっている。どうやってテレシアを助ければ良いのか。二人で逃げればとも考えたが、あの悪意の塊の様な領主が見逃す筈もない。


 地の果てまで追ってきそうで、安心して生活出来ないだろう。ならばどうするのか?領主を殺す?それこそ国に追われて捕まるのがオチだろう。


 ならばどうするか?……妙案は浮かばない。



「おい、カナル王家の方々の来訪の日時が決まったそうだ。奇しくもあの出来損ないの白いのが嫁ぐ日と一緒だそうだ」


 ダンケルが笑いながらカナルに話し掛ける。ダンケルは勿論カナルがテレシアを大事に思っていることを知っていて悪意たっぷりに伝えてきたのだ。


「お前、王家の方々に出す料理も手を抜くんじゃないぞ?私が本気になればお前などすぐに屋敷から追い出せるのだからな。料理の事も一切喋るんじゃない。そうしたら少しは良い目に合わせてやろう」


 ダンケルの言葉を上の空で聞きながら、もし今俺が追い出されたら一番困るのはお前だろうと一人考える。


 何を言っても上の空のカナルに飽きたのかダンケルは「しっかりとやれ」とだけ言い残して去っていった。


 今は料理何かにかまけている暇は無いのだが、実際テレシアが居ないのならばこんな屋敷にいる必要は──


 料理?直接俺が関われるのは料理だけだ。王家の人間や領主一家に出来ることは……いっその事、何時かのルッツの様に毒でも盛るか?しかし、今回は毒味役位は当然居るだろうし、それも難しく……ん?


 何かカチリと頭の中で嵌まった気がした。不明瞭だった視界が拓けてきた気すらする。


「しかし、時間が…」


 後数日でお嬢様が出発してしまう。そして同日に王家の人間が来る。その二つを同時にやるには、どうしても協力が…


「サランさんとペルおじさんに─」


 巻き込むことになるだろう、失敗すればどんな責苦が待っているかも分からない。でも協力者は絶対に必要だ。


 自分勝手なのは分かってる、でもこればっかりは譲れない、譲ってはいけない。


 テレシアを、延いては自分の為に必ずやり遂げてみせる。




 そして運命の日、今日で全てが決まる。生まれて初めて寝付けないと言う事態に陥ったが、無理にでも寝ないと支障があると何とか寝た。


 起きて朝一番にペルおじさんに会いに行き、その後すぐサランさんの部屋も訪ねる。二人とも寝付けなかった様子で、同じような顔をした人間が同じ悩みで寝れない何てと、少し可笑しくてフッと笑ってしまった。


 テレシアは朝食と昼食の間に旅立たれる。王家の人間は昼過ぎに到着予定だ。俺は夕方まで調理する予定だからそんなに時間は無いのだが、それまでは何としてでもテレシアの側にいる。


 何時ものようにテレシアの朝食を作り、片手間で領主一家の朝食も作る。テレシアへの配膳は数少ないテレシアとの時間であり朝の楽しみだった。この時間も今日で終わりだ。


 朝食を持ってテレシアの部屋を訪ねる。


「お嬢様、朝食を御持ちしました」


 何時ものように、そう声を掛けると何時ものように涼やかな声が返ってくる。


「どうぞ、カナル入ってください」


 ドアを開けて部屋に入ると何時ものテーブルに何時もの椅子、普段と変わらない様子でテレシアがそこに居る。


「今日の朝食は何かしら?これでカナルの料理とお別れ何て寂しいわ」


 そう言いつつも顔には微笑みを絶やしていない。


「本日は朝から私が焼いたパンとペルおじさんの野菜のサラダに……トマトのスープです」


 想い出のトマトのスープ。初めて食べて貰ったこの料理、あの時精一杯作ったが、この屋敷での最後に出す料理にこのスープがくるとは何の巡り合わせだろうか。


「まあ嬉しいわ、今日もとっても美味しそう」


 そう言いながら今日も優雅な所作で食事を始めるテレシア。ニコニコと本当に美味しそうに食べてくれる。今日の結果次第で本当に最後になるかもしれない。


「カナル、こちらへ来て一緒に食べましょう?サランも良いでしょう?」


 テレシアはカナルをテーブルに呼び一緒に食べようと声をかけてきた。たまに有ることだが、今日は…テレシアにとって本当に最後なのだ。


「えぇ、カナル一緒に食べましょう」


 サランがテーブルに着いてカナルを手招きして呼ぶ。カナルはそのままテーブルに近付き、そっと腰掛ける。


「ふふふ、本当に家族なら良かったのにね」


 テレシアは二人を見ながら、そう小さな声で呟く。


 とても、嬉しそうに。



 とても、哀しそうに。

 


 いよいよ食事も終わり旅立ちの準備が始まる。とは言ってもテレシアの荷物等トランクひとつにまとまる程度しかなく、領主の娘にしては極端に少ないことが更に寂しさを増加させる。


「お嬢様そろそろ…」


 カナルは調理場に戻らなければならない。テレシアの為に、必ず成功させる為に。


「そう…ですか、あの、見送りには…」


 何時も以上に寂しげな声で返事をするテレシアを見て、このままここに居たいと言う感情が産まれるが即座に捩じ伏せる。


「はい、必ず何があっても向かいます」


 力強く返事をしたカナルを見てテレシアも安心したのか


「カナル、お仕事頑張って下さいね」


 そう言ってカナルを見送った。部屋を後にしてカナルは激情に震えていた。必ず、必ず報いを受けさせる。鬼気迫る表情で調理場に向かうのであった。



 調理場では物凄い早さで食材の処理がされていた。今回は自分一人で全部やると宣言したカナルをダンケルは渋々了承した。


 一部だけでも自分が手伝えば全てが嘘ではないのだから、それでいこうと思っていたのだが、味の調和が乱れると言われれば引き下がるしかない。


 それでも間に合いそうに無いなら手を出すと宣言していたダンケルだが、その必要は無さそうだった。カナルもあの白い女が居なくなって危機感が生まれたのか、このままいけば一息つく余裕さえありそうだ。


 そう思ってカナルを見ていた矢先、バッと時計を見ると急いで扉から出ていくカナルの背中に


「おい!何処へ行く!」


 と大きく声を荒げながら叫ぶ。


「大丈夫です、料理は間に合います」


 そう遠くから聞こえるカナルの声を只聞くことしか出来ないダンケルだった。



 勿論カナルはテレシアの見送りだ。作戦が失敗したら、今生の別れになることだってあり得るのだ。


 それにテレシアと約束した。何があっても必ず駆け付けると。




 それはとても寂しい旅立ちだった。見送る者は誰もおらず、馬車を運転する者と一人の侍女だけが共だった。


 白く美しく成長した女性は、自分の運命を受け入れていたつもりだった。母を亡くし頼るものの居ない世界で自分は蔑まれ抵抗することも出来ずに消えて行くのだと。


 ある日貧民街の路地で光が見えた。自分の何倍も大きな大人に必死で抵抗している少年が居た。殴られ、蹴られ命の炎まで消えそうな程弱っているのにも関わらずその瞳は抵抗していた。


 輝いて見えたのだ。自分には決して出来なかった事を、あの少年は命を燃やしながらやっているのだ。


 何と高潔で気高い人なのだろうと思った。そうすると自然に声が出ていた。


「お止めなさい」


 普段ならいくら貧民だろうと大人に意見することなど考えられなかったが、あの少年の瞳の中の光が自分に勇気を与えてくれたのだと思った。


 酷く弱った少年の名前はカナル。普段わがまま等言わない自分が従者にしたいと言い出したものだから侍女のサランも驚いていた。


 でも、どうしてもカナルと一緒に居たかった。自分の心がざわついている。こんなことは初めてだった。これが、これがそうなのかと思った。


 自分には一生縁の無い物だと思っていたし、こんな出来損ないの自分には意味の無い感情だと思っていた。


 でも、カナルの瞳に見詰められた時にどうしようもなかったのだ。自分勝手なのは分かっているし、カナルの人生を自分の側で過ごさせる為だと、浅ましいとも思った。


「けれど、どうしても…」


 今も、その感情はずっと心の中で燃え続けている。カナルと離れたくない。それを口にすればカナルは一緒に逃げてくれるだろう。


 必要以上にカナルは自分のして事を恩に着てくれている。清廉なカナルの事だからきっと連れ出してくれる。


 でも、それは出来ない。側に置くまでは自分の中でも何とか言い訳は出来た。しかし、これ以上はカナルが不幸になる、絶対に。


 今カナルは屋敷での料理を取り仕切っているし、上手く行けば料理長に抜擢される事も有るかもしれない。


 自分と逃避行するより、うん百倍も良い暮らしが待っている筈なのだ。だから、私は──



「お嬢様、お待たせいたしました」


 少し肩で息をしながらカナルが現れた。今日の料理で忙しいだろうに、私なんかの見送りに駆け付けてくれる。


「カナル、忙しいのにご免なさいね」


 一言謝るとカナルは


「いえ、私が来たかったから来たのです。お嬢様に来るなと言われても来てました」


 そう真面目に答えるカナルが可笑しくてクスリと笑ってしまう。私が笑ったのを不思議に思ったのか、間の抜けた顔でこちらを見る。


 その顔が愛おしく、もう見れないのかと思うと目から涙が零れそうになる。でも、決して泣いてはいけない、カナルが心配するから。まだ困惑してるカナルに私は


「カナル、貴方には何時も助けられました。サランやペルおじさん達にも凄く助けて貰いました。私、助けて貰ってばかりですね?こんな私ですが、これからは離ればなれにな……なるけれど……」


 上手く言葉が出てこない。笑顔でお別れしようと思ったのに、もうカナルに会えないと思うとどうしても、どうしても……


「お嬢様、泣かないで下さい。必ず、必ずです俺は何があっても駆け付けます」


 顔をあげてカナルの言葉を聞いた。その瞳にはあの日と同じように光が灯っていた。あぁ、この光が私の愛した──


 気が付いた時にはカナルに抱き付いていた。今から嫁ぐ女としては最低だろうと分かっている。でも、やっぱりカナルが好きなのだ。


「カナル、ずっと、ずっと貴方を想っています。貴方か健やかで在れば私は、ずっと幸せです」


 何とか涙を溢さずに言えた。本当は何も伝えない方が良いのだろう。でも、気持ちが心から溢れてしまった。


「お嬢様、俺は……」


 そう、カナルはこんなことを言えば迷ってしまう。分かっているのに、こんなことをしたのは完全に私の身勝手だ。


 カナルに少しでも覚えていてほしい。そんな想いを浅ましくも行動に移したのだ。でも、最後くらい良いよね?


 そのまま固まっているカナルからパッと離れて馬車に向かう。


「カナル、元気で!きっとまた会えるわ!」


 思いもしていない言葉を吐くのは辛いけど、本当に何時か会えればと希望に縋ったって良い筈だ。


「出してください」


 これ以上ここに居れば旅立て無くなってしまう。カナルの顔を見ながら馬車を出すように指示する。


「よろしかったのですか?お嬢様」


 サランは伯爵の屋敷まで付いてきてくれるそうだ。お父様からは反対されたらしいが、自分のクビと引き換えに交渉したらしい。


「えぇ、これ以上は……つらいもの…」


 カナルが見えなくなって涙が溢れ出す。サランの胸でしくしくと子供のように泣く私の頭を何時までも何時までも撫でてくれた。



 テレシアは旅立ってしまった。『貴方を思っています』とまで言われた。本当はあの時何もかも放り出してテレシアと逃げようと思った。


 でも、それをするとテレシアの本当に笑った顔が見れなくなると思ってしまったのだ。あの優しく賢いテレシアは、きっと一生負い目を感じる。


 今回の作戦だって全容を知られれば哀しむだろう。でも俺はやる。テレシアの笑顔の為なら何だって。





「こちら食前酒で御座います」


 とても嬉しそうにダンケルが食前酒を注いでる。いよいよ王家の人間と領主一家の会食が始まった。


 王家の人間は昼過ぎに到着して、俺の作った軽食を食べて、その味を非常に気に入った様だった。


 これにカエルの親分やダンケルは大喜びで機嫌も最高潮に良かった。料理には何の細工もしていない。


 味の調和も本気で考えた。領主の手柄になればとか、王家の人間に喜んで欲しいとかそんな事は一切無い。全てが自分とテレシアの為だった。


「こちら、前菜(オードブル)で御座います」


 前菜はペルおじさんの畑から取れた瑞々しい野菜のサラダだ。ペルおじさんの野菜は今となっては俺の料理に欠かせない。


「うむ、素晴らしい!何と言う味わいなのだ!」


 一際偉そうな人が声をあげる。多分王様何だろう。横には青年と美しい女性がいる。青年は王子で女性は王妃かな?


「フォルタ、この野菜は本当に余達が日頃食べているものと同じなのか?」


 王子はそんな事を聞いていた。


「ええ、それはもうその通りで御座います。」


 上機嫌のカエルの親分は今にも空を飛べそうな程上機嫌だった。これで我が家の栄華は約束されたも同じ。出来損ないの娘も処分出来て良いことばっかりだと思っていた。


 ダンケルの提案でフォルタ家の面々の料理の格を一段下げたのも良かった。我が家は王家を上に置いておりますとアピールも出来ている。


「こちら、スープで御座います」


 スープは冷製のトマトスープだ。丁寧に裏漉しして口当たりも良くなっている筈だ。


「こ、これは!信じられん!こんな料理がこの世に在るなどとは!」


 一様に驚いた様子で料理に口を付けている。皆次の料理が楽しみです仕方ないと言った表情だ。


 

「こちら魚料理(ポワソン)で御座います」


 魚料理は、この国では比較的ポピュラーな生魚だ。しかし、鮮度が悪いと味も落ちるし、腕の良い料理人程敬遠する。


「おお、生魚か!余の好みを分かっておるな!」


 幸いだったのは、生魚が王様の好物だった事だろう。しかし、王子と王妃はあまり好きではないようで、あからさまに態度に出ていた。


「よし、どの様な味なのか楽しみだ」


 そう言って王様は一番に箸をつける。料理を口にした瞬間王様の目が爛々と輝く。


「素晴らしい!今まで食べた生魚で一番の味だ!間違いない!」


 そこまで言われれば王子達も興味を引かれたのか恐る恐る箸をつける。


「こ、これは!旨い!父上!これは素晴らしい!」


 やっと打ち解けた親子のようににこやかに笑い合う王と王子。王妃も気に入ったのか微笑みなから食べている。


 晩餐は終始にこやかに行われた。現在の王の子で男は王子だけで、大変厳しくも大事に育てられてきた。


 そんな王子と生魚の話で盛り上がれる等、王は思っても居なかったので上機嫌になるのも、致し方なかった。


「フォルタよ、此度の晩餐は見事であった!ここまでの歓迎を受けたことはなかったやもしれぬ。我が王家はフォルタ家に最大の賛辞を送ろう」


「……はっ!有り難き御言葉で御座います」


 領主は有頂天だった。今、確実にフォルタ家の繁栄への道が敷かれた。自分の代でこれ程の賛辞を王家から受けられるとは、やはり自分は正しいのだと改めて思っていた。その時までは。


 デザートも食べ終わり、ゆっくりとした時が流れる。その空間は誰しもが笑顔に溢れ、幸せな空気が流れていた。


「そうですか!王子殿下は狩りがお上手だと伺っております!是非とも我が息子を共にしていただければ!」


 料理が旨ければ話も弾む。緩やかに流れる空気の中でそれは起こった。


「ええ、それは嬉しいお誘いですね。宜しければ今度………ぐばぁ!」


 王子がいきなり嘔吐しだしたのだ。


「うっ……」


 続いて王妃が嘔吐する。駆け寄る近衛達が王を見ると王も顔を青くして今にも嘔吐しそうであった。


「だ、大丈夫ですか!!」


 領主は王達に近寄ろうとしたところ、近衛に止められた。何故だか分からず立ち尽くす領主に


「フォルタ…貴様……何をした!!」


 王は激怒した。大事な王子と王妃に毒を盛られたのだから。確かにフォルタは自分達の料理を一段格を落としていた。全く別物では無いが焼き方や食材の種類などが少なかったのだ。


 あれを王は謙遜でやっているとばかり思っていたのだが、まさかこんなに堂々と毒を盛るとは、毒味役にも気付かれぬ様に巧妙に仕組まれていたのだろう。


「くっ……!料理を作ったものもここに引っ捕らえぃ!」


 王は近衛に命じて料理を作ったダンケルをこの場に引きずり出した。ダンケルは何が何だか分からない様子で混乱していた。


「貴様が料理を作ったのか?」


 王からの問い掛けに一瞬迷ったが自分の名誉を優先して答えた。


「はい、あの素晴らしい料理へ私が一人で作りました!」


 完全に墓穴を掘っているのだが、本人は気が付かない。


「そうか、そこまでして主人を庇いたいか。こやつを捕らえて牢に居れておけ」


 嘘がばれたと思ったダンケルは何とかこの場を逃れようと


「王よ!あんな貧民街の賎しい者の言うこと等聞く必要はありません!」


 今の自分ならカナル程度どうとでもなると思っているダンケルは、これで何とかなると本当に信じていた。


「何を訳の分からぬ事を言っておる!貴様は王家への反乱に手を貸したのだぞ!早くこのものを牢に繋いでおけ!」


 引き摺られるダンケルは、ただただ唖然とその場から連れ出された。


「フォルタ、貴様も分かっておるだろうな?一族郎党──」


 領主のその目は絶望に染まっていた。





 食材には相性がある。ナスには油が凄く合うが、他の食材が同じとは限らない。トマトやタマネギだってそれぞれ相性の良い食材と悪い食材がある。


 カナルは貧民街で暮らしている時に、この食材とこの食材を一緒に食べれば腹を壊すと思ったことが何度もあった。


 油物に水気の多い物だとかは、代表例だ。そんな料理を見事調和させて、王家の人間の体調を極端に悪くしたのだ。


 領主一家が一段格を落とした料理を食べたのもカナルの意見だった。王家と一緒に領主まで体調が悪くなれば、裁かれるのはダンケル一人になってしまう。 


 カナルはダンケルと領主一家の凋落をしっかりと見てから、急いでテレシアを追い掛ける。どういうルートで走っているかはちゃんと調べてある。


 夜の砂漠は凍えるような寒さで、馬を走らせているだけでも肌に痛みがある程だ。しかし、しばらく走ると森が見えてくる。


 あの森の途中でテレシアに追い付ける筈だ。普通なら馬車はもっと早く進んでるのだが。今回の馬車の運転手にゆっくりと進むように伝えてある。


 運転手はペルおじさんだ。サランさんとペルおじさんには騒動に巻き込まれて欲しくなかったから強引にでも一緒に来て貰った。


 ペルおじさんとサランさんには食材の準備や、お嬢様の旅立つ日の支度やルート決めなど他にも数えきれない程手伝って貰った。


 二人とも嫌な顔ひとつせずに黙って手伝ってくれたのだ。


「見えた!!」


 暗い森の中でぼんやりと明かりが見える。


「お嬢様!!テレシアお嬢様!!」


 有らん限りの声で叫ぶ。自分が来たのだと知らせるために。


「…………カナル?何で!!」


 悲鳴にも近い叫び声が木霊する。テレシアにとっては、ここにカナルが居てはいけないのだ。カナルの幸せを想ってただ、この運命に殉ずるつもりだった。


「お、お嬢様!俺は、俺はお嬢様が居ない世界では生きていけません!!貴女が俺の全て何です!!」


 今までのカナルからは聞いたことの無い程の大声でそれでいて、今にも泣き出しそうな顔をしながら近付いてきた。


「ダメなんです、貴女が居ないと世界に色が無くなってしまう。貴女の全てが愛おしく、俺の全てを照らしてくれている」


 心からの叫びだと分かる。自分だって先程同じようにカナルに想いをぶつけたのだから。


「どうか、この世界で俺と一緒に過ごしてくれませんか」


 テレシアはもう、何も考えられなかった。家の事、嫁ぐ事、白雪病の事。只目の前のカナル(世界)だけしか見えなかった。



「はい、喜んで」



 その笑顔は、この世界で唯一の存在に向けられたものだった。

 

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