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汁物(スープ)

「ダメです!!」


 納屋に侍女のサランさんの声が響く。


「お嬢様!何を考えているんですか!いくら二人とも幼いとはいえ、カナルをお嬢様の部屋に住まわせる?ダメに決まっているでしょう!」


 俺がフォルタのお屋敷で生活し始めて少し経ったある時、お嬢様は俺が納屋で過ごしている事に殊更心を痛めているらしく、自分の部屋に住まわせるのはどうだろうとサランさんに相談してた。


 俺もダメだろうと思っていたけど、サランさんの返答は俺が思っていたよりも強い否定だった。やっぱりサランさんも貧民街のガキは嫌いなのかな。


「で、でも…カナルがこんな所で寝泊まりしているなんて…私の従者なのに…」


 お嬢様は俺が屋敷に来てから、ずっと付きっきりで色々教えてくれる。


 あれは何だとか、これはどう使うとか、何も知らない俺に呆れることもなく、何なら楽しそうに。


「カナル!何か納屋で不満はありますか!」


 サランさんの怒号が飛んで来る。本当に俺は納屋に住まわせて貰って嬉しいんだけど、こんなに怒鳴られたら嫌でも嫌だと言えないよな?


「いえ、納屋に住まわせて貰ってとても嬉しいです」


 俺は嘘偽り無く答えたけど、そんな俺を見てお嬢様は


「そんな!だって納屋ですよ?ここはお部屋じゃなくて物を置く場所なのに!……ごめんなさいカナル、無理をさせてしまって…」


 全く無理はしてないし、心底快適なんだけど、それが遠慮だと思ったお嬢様はとても落ち込んでる様だ。


「あ、あのお嬢様本当に納屋が良いんです…」


 俺が言葉を重ねるが、ますます無理してると思われて、顔が曇っていくお嬢様。


「カナル、お嬢様は貧民街の生活など知らないのです。いくら言葉を尽くしても、理解は出来ないでしょう」


 サランさんは本当に俺が快適に思ってる事が分かってるのか半ば諦めがちに、ため息をつきながらこちらを見てる。




 そんな騒動があり、ますます俺にべったりとなったお嬢様。同じ年頃の子供が居ないって言うのもあるだろうが、俺はとても美しいと思うけど、その外見のせいで内外から疎まれている。



 【白雪病はくせつびょう


 その病は産まれた時から肌や体毛に至るまで白く雪のように輝き、目は血のように紅く、死ぬまでずっと白く、輝く。


 しかし、このフォルタでは、日に焼ければ爛れ、肌を晒すことも出来ず、嘲笑の的だ。


 フォルタの市民曰く、外に出て健康的に働き

程よく肉をつけ、肌を小麦色に焼く事こそ美の基準である。


 そんなフォルタで日に焼けることも出来ず、手足は今にも折れそうな程細く、肌の色は幻の雪と見紛う程、白い。


 そんなテレシアお嬢様がこの家や街の人間から排他的に見られるのは、当然の帰結なのかもしれない。




「お嬢様はこの頃、とても感情が豊かになりました」


 そう語るのはフォルタの屋敷で数少ないお嬢様の味方?のサランさんだ。別に屋敷にお嬢様を直接害する様な人間は居ないけど、無視や食事の量を減らす等小さな嫌がらせは日常茶飯事みたいだ。


 サランさん曰くこの頃素直に感情を出してくれる様になったと聞いた。


 俺が来るまでは自分の感情を圧し殺して、出来るだけ目立たないように、出来るだけ人を不快にしないように。そんな感情がずっと見えていたらしい。


 俺がこの屋敷に来たことでお嬢様が少しでも心穏やかになったなら、それだけで救われた気がする。


「ほら!カナルこれはトマトよ!」


「そうなんですね、これがトマト…」


 お嬢様は俺が本当に何にも知らないと思ってる様子で、けれどもトマトは知ってますとも言い出せずに俺はお嬢様の言葉をそのまま復唱する。


 それにしても、このトマトは美味しそうだ。瑞々しくて張りもあり、匂いも…うん、間違いない。


 お嬢様は何時もの黒い傘を差しながらニコニコこっちを見詰めてる。


「とても…美味しそうですね」


 俺が思ったことをそのまま伝えるとお嬢様は大袈裟に喜んで


「そうでしょう!ここのトマトはペルおじさんが作ってるのよ!ペルおじさんの野菜はとっても美味しいんだから!」


 最初お嬢様は、俺なんかにも丁寧に話し掛けてくれていたけど、俺とサランさんしか居ない時はこうやって俺とそう変わらない感じで話してくれる。


 その事が、お嬢様との距離が縮まった感じがして、何だか胸の奥がむず痒く、それ以上に嬉しさが込み上げてくる。


「そうだ!食べてみたら?ペルおじさんもここの野菜は食べて良いって言ってくれてるの!」


 お嬢様はトマトを手に取るとぶちっとちぎって俺に手渡して来る。お嬢様は意外とワイルドだ。


「あ、あの……それじゃあ……」


 トマトを手にもって目をキラキラさせながら期待して俺を見るお嬢様に耐えきれずにトマトを受け取る。


 ガブリッ


 張りのある皮が弾けて中からトマトの果汁が溢れてくる。最初に感じた味覚は甘いだった。


 今までゴミ箱に捨てられているような野菜しか食べたことの無かったカナルにとって、新鮮で瑞々しく甘いトマトなど想像もしていなかったかので、脳がこれは何だと軽くショートを起こしかけていた。


「……お、美味しくなかったですか?」


 トマトを食べてから、何の反応も示さなくなったカナルをテレシアは心配になり声を掛ける。


 その実、美味しすぎて脳が止まっているのだが、テレシアにそんな事を分かる筈もない。


 テレシアの言葉で我に返ったカナルは


「い、いえ!!す、凄く美味しいです!こ、こんな美味しいもの食べたことがありません!!」


テレシアは急に動き出して凄い早さで近寄って来たカナルに少し驚き、たじろいだがキラキラと目を輝かせるカナルを見て


「そ、そうでしょう!ペルおじさんが作った野菜は世界一美味しいのよ!!」


 キラキラと目を輝かせるカナルが自分の大好きな物を褒めてくれたことが余程嬉しかったのか、興奮した様子で言葉を返す。


 テレシアの世界一美味しいと言う言葉も強ち間違いではない。ペルおじさん、ペルストスは元々農業を生業にする家に長男として産まれて、若い頃から質の良い野菜を作ることで評判だった。


 そんな評判に目を付けたのがフォルタの現当主、カナルに言わせればカエルの親分だ。


 カエルの親分は金に物を言わせてペルストスを屋敷で雇い野菜を作らせることにしたのだ。跡取りを取られたペルストスの家は大層反発したそうだが、親分から貰った金と領主であると言う圧力に結局は首を縦に降らざるを得なかった。


 ペルストスは野菜が作れるならとあまり気にしてなかったが、ある時フォルタ家に白雪病の子供が産まれてから彼はより一層野菜作りにせいをだし始めた。


 白雪病の領主の娘、テレシアはフォルタ家当主が旅の踊り子に無理矢理産ませた子供だった。踊り子は大層美しく皆から愛を受けていたが、運悪くフォルタ家の当主に見初められ妾としてフォルタ家に迎えられることとなった。


 そして産まれた娘は白雪病。元々望んだ結婚ではなく、旅が好きだったテレシアの母は屋敷に閉じ込められたストレスに加え白雪病の子供を産んだと言う言い掛かりに近い中傷に徐々に衰弱していきテレシアが産まれて三年程で命を落とす。


 そこから屋敷の全ての嫌がらせはテレシアへ向かった。それでもテレシアは出来るだけ笑顔を絶やさず、周りに気を遣い自分のような土いじりしか能の無い人間にも分け隔てなく言葉を掛けてくれた。


 自分の作った野菜を美味しい美味しいと言いながら食べるテレシアを見てこの子を守ってあげたいとも思ったが、所詮は雇われただけの身分でしかも平民なのだから、出来ることは限られてる。


 そこでもっと美味しい野菜をテレシアに食べさせたいと寝る間も惜しんで野菜について研究して遂には国王に献上する程の味と認められた。


 これにはカエルの親分も鼻高々でペルストスは私が直に雇ったのだとそこかしこに吹聴して回っている。実際は金と権力で手中にしただけなのだが。


 そんなこんなで、世界一は言い過ぎかもしれないが王国一なのは間違いない。この野菜を生で初めてカナルが食べた野菜だった事が彼の運命を決定付けたのかもしれない。 


「こ、この野菜は凄いです!今まで色々な(ゴミ)を食べてきましたけど、世の中にはこんなものが在るんですね!!凄い!凄いですお嬢様!」


 今まであまり喋らなかったカナルが、野菜を食べた事により、とても饒舌になったことに上機嫌のテレシアは、更に他の野菜も食べさせてみたい!と言う欲求が出てきた。


「カナル!こっちの野菜も美味しいのよ!食べてみて!」


 カナルはトマトに夢中で気が付かなかったが、小ぢんまりした畑の中には他の種類の野菜が何種類も成っていた。


 急にこの畑が宝の山に見え始めたカナルはテレシアに恐る恐る確認を取る。


「あ、あの、俺トマト食べちゃいましたけど、本当に良かったんですか…?これってカエ…領主様が食べるものじゃ…」


 貧民街の子供が勝手に領主の食べ物に手をつける。領主の屋敷で数日過ごしたカナルは、多分それが大層悪いことだろうと思われて仕方なかったが、そんなカナルをテレシアは


「あはは!大丈夫ですよカナル!この畑の物は私が何時でも食べて良いってペルおじさんが言ってくれてますから!」


 ペルストスはテレシアには責めて食べることだけは困ってほしくないと、わざわざ領主邸の物とは別に畑を作りそこの作物を自由にテレシアに食べさせていた。


 カエルの親分も、より良い野菜を作るためとペルストスに言われたら小さな畑位嫌とは言わなかった。この畑のお陰でテレシアは陰湿な嫌がらせで、食事の量を減らされたり、虫を入れられたりしても、健やかに成長して生きてこられたのだ。


「そ、そうなんですね、それじゃあもうひとつ位…」


 次にカナルが、手に取ったのはキュウリだった。太くしっかりしていて、艶々しているし、何だか生えてる刺もしっかりしてる。


「カナル!それはキュウリよ!食べるとパリパリしてて美味しいんだから!」


 お嬢様は親切でカナルに教えてくれているが、トマトを知ってるんだから、勿論キュウリも知ってる、言わないが。


「これがキュウリですか…………いただきます」


 取り敢えず初めて見たリアクションをしてからキュウリにかぶり付く。思った以上に大きくて口一杯に頬張る事になったが、噛んだ瞬間にキュウリが口の中で暴れまわる。


 ボリボリボリ、噛めば噛むほど水分が出てくるし、全く青臭くなく、これが本来のキュウリの味なのかと感心するカナル。


 普段は萎びた腐りかけのキュウリしか食べてないから勿論当然の事なのだが、最下層の味と最上級の味の対比にただただ、目を白黒させながら咀嚼することしか出来ない。


 ごっくん


 満足するまで咀嚼したキュウリを飲み込んでもう一度辺りを見回す。


 そこには期待した眼差しのお嬢様と、微笑ましい物を見るように目を細めてるサランさんがいた。カナルは美味しい物を食べた時の感情の表しかたが分からずに思ったことをそのまま口走った


「こ、ここは宝の山だ!!!」


 人生で一番声を張り上げたのは間違いない。それほどカナルにとって衝撃的だったのだ。

 

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