前菜(オードブル)
「それでは自己紹介を、私はテレシア・フォルタと申します。貴方のお名前は?」
世界が始まって最初に聞いたのは、俺の世界の名前だった。テレシア様、名前まで美しく感じる。
「な、名前はありません。他の奴らからは、カナルと呼ばれてる、ます」
カナルとは小さなネズミの事だ。皆からはゴミ漁りのカナルと呼ばれてる。
「カナルですか!とても可愛らしいお名前ですね」
テレシア様はニコニコと俺を見ながら話してくれている。今日は晴れているのに黒い傘をさしながら。
俺が不思議そうに傘を見ていると
「この傘ですか?私は日に弱いので、さしてるんです。お父様には呆れられていますが、日に当たりすぎると肌が爛れてしまい、今よりもっと醜くなってしまいますので…」
そう申し訳なさそうに眉を下げるテレシア様。これ以上醜く?これ程までに美しいのに?
俺がまたもや不思議そうにしていると一緒に居た女の人(侍女?のサランさん)が
「この砂漠の街フォルタでは健康的で小麦色の肌を持つものが美しいとされています。この街の美的感覚にお嬢様が当てはまらない。ただそれだけの事です」
この街は砂漠に囲まれていて日中は死人が出る程熱く、日が落ちればこれまた死人が出る程寒くなる。
街のそこかしこで、小麦色の肌の女性が薄着で彷徨いているから、これが当たり前何だろうと思ってたけど……あれ?フォルタ?
「あ、あの…フォルタって……」
まず今日初めて俺が住んでる街の名前がフォルタだって知ったが、テレシア様の名前もフォルタ?別に普通なんだろうか?
「そうです。お嬢様はこのフォルタの街の領主のご息女で在らせられます」
領主?領主ってあの、街の真ん中のでっかい家に住んでる人って事?そう言えばさっきからあの家に向かって歩いてる気がしてきた。
「そうです、私はフォルタ家の三女です。けれども一番の出来損ないなので、カナルは気にしないでくださいね」
何処か悲しそうに声色を落とすテレシア様。そんな彼女を見ながら大きな家に向かって行く。
「ただいま戻りました」
あの後は話しも弾まず、そうこうしている間にでっかい家に着いた。本当にこの家の人なんだと驚くと共に、家の前の男がテレシア様に向ける目が変なことに気が付く。
なんと言うか、貧民街の大人達が俺に向けるような……そこまではっきりとしてないけど、あんまり良い感じはしない。
「…………」
挨拶をするテレシア様に対して門の前の男は挨拶も返さず憮然としてる。
門がギーッと開くと当たり前のようにテレシア様が屋敷に入っていく。唖然と見詰めているとテレシア様は振り返りニコリと笑って手招きする。
急いで置いていかれないように後を付いていく。いよいよでっかい家の中に入る時が来た。本当に入って大丈夫何だろうか?そんな俺の不安を他所にテレシア様は勿論家へ入って行く。
「ただいま戻りました」
門の前と同じ挨拶を家に入ってもしているテレシア様に返事を返すものは誰もいなかった。それでもテレシア様は明るく家の中を進んでいく。
その時、上の方から声が聞こえてきた。
「帰ったかテレシア……またその様な物を持っていったのか?少しは日に焼けてこい」
ふと声の方を見上げるとカエル?でっかいカエルがいた。
「お父様、申し訳ございません。私も出来ればそうしたいのですが、これ以上醜くなれば、フォルタ家の恥だと思い……」
お父様?お父様って親ってことか?テレシア様の?………………嘘かな?
「ふん、見よ!この私の小麦色の肌を!そんなに白い肌など見たことないぞ!全く……由緒正しきフォルタ家に何故お前のような醜い出来損ないが産まれてきたのか……」
カエルの親分?は本当にテレシア様の親みたいだった。全然似てないし、テレシア様の事を醜いとか言ってるから大っ嫌いだ。
大っ嫌いなカエルをじっと見詰めていると、カエルもこちらに気が付いたのか
「ん?なんだその小汚ないガキは?」
「はい、お父様。私も一人くらい従者が欲しかったので…」
「従者ぁ?テレシア、もしかしてその薄汚いガキを従者にすると言うのか?貧民街のガキだろう?」
カエルの親分はテレシア様と俺を見下す様ににやけながら、ねっとりと話す。
「はい、私に従者等不要かもしれませんが、どうしても欲しかったのです」
うつ向きがちに話すテレシア様は、見た目の白さとは裏腹に暗くなりながら言葉を一つ一つ紡いでいく。
「…………っ!くっはははは!!良いではないか!フォルタ家の出来損ないの従者は、貧民街のガキ!お前にはお似合いだろう!それに貧民街からガキを引き取ったとなれば、我が家の美談にもなろう」
カエルの親分は腹を抱えてゲロゲロと嗤っていた。それでもこの時、俺がテレシア様の側に居れる事が分かり、内心嬉しくて踊り出したい程だ。
「本当ですか!?それでは、カナルを正式な従者に──」
嬉しそうに顔をあげて喜ぶテレシア様の言葉に被せるように
「しかし、本邸にその様な汚いガキを入れる事は許さん。外の納屋にでも住まわせておけ」
「そ、そんな!納屋だなんて…」
声をあげるテレシア様をギロリと睨んだカエルの親分は
「それが嫌ならこの話しは無しだ!我が家の敷地内に入れてやってるだけでも感謝しろ!」
その一言でなにも言えなくなったテレシア様は俺にだけ聞こえるように「ごめんね」と囁いた。
テレシア様が謝る位だからどんなところに住まわされるのかと思ったら……
「ごめんなさいカナル、本当は家の中に住まわせて貰えるように私がお父様を説得しなければならなかったのに…」
とても落ち込んでいるテレシア様に俺は中々言い出せないでいた。貧民街の建物と比べたらそれはそれは立派なのだ。
納屋が何か分からなかったけど、道具置き場?みたいなところだった。草刈りに使う鎌だとか、大きな梯子だとか、そんなものが乱雑に置かれている場所だ。
とは言っても、中は広く十分に住める。屋根に穴は開いてないし、壁は壊れてない。誰かが入ってきて寝床を奪われることも…多分無いと思う。
「あ、あの俺がここに住んで良いんですか?」
俺の知ってるなかで一番丁寧に話す。この人に嫌われたり呆れられたりしたら、俺はきっともう生きていけないから。
「本当にごめんなさい、でもいつか私がお父様を説得して本邸に住めるようにするわ!だから、少しの間だけ我慢してくれる?カナル…」
瞳を潤ませながら謝ってくるテレシア様を見ると何でも許してしまいそうだ。てか、許さない人っているのかな?