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旅立ち


 翌朝、ディユハルディンの中は騒然としていた。

 処分の対象となった記録者と、その共鳴者であった処刑人の二人の姿が消えていたのだ。

 部屋には走り書きで「人間に戻る」とだけ書いてあり、それ以外部屋に変化はなかった。


 生まれ育った国・シャムスペイが見える丘で葡萄色の瞳を持った処刑人は、いつか塔の上から見た景色を丘の上から見ていた。

 その隣には共鳴者である純白の髪の記録者の姿がある。


「いいんですか、エクゼクトル」


 記録者の問いに、処刑人は仏頂面のまま答えた。


「お前が言ったんだろう。自分と一緒に人間に戻らないか、と」


 処刑の寸前に提案された牢獄からの逃亡。

 神格者という枠を外れて、人として生きて行こうという誘い。


 それを処刑人は受け入れて、記録者を戒めていた処刑台を破壊し、ディユハルディンから逃げ出してきたのだ。


「私もお前も神格者として不完全だったな」


 追っ手が来る前に、と歩き出した処刑人の手を記録者はしっかりと掴んで同じ歩幅で歩き出した。


「人間とは元から不完全な生き物です。神格者になれなくてもそれはきっと普通のことなんですよ」


 そう語る記録者の表情はどこか明るく、楽しそうだった。

 その顔をじろじろと眺めて、処刑人はふんと鼻を鳴らした。


「全部お前の思いどおりか」


「なんの話ですか?」


「処刑台の拘束具を壊したのはお前だろう。私に知らせる為とはいえ、やりすぎだ」


「あらら、気づいちゃいました?」


 丘を下りながら話すのは、初めて罪人の断罪に失敗した時の事だ。あの時感じた違和感は、今ならわかる。

 処刑台が一部壊されていたのだ。

 当時の処刑人はその事実に気づかないほど疲弊していた、ということを記録者は身をもって知らせたかったようだが、今考えると危険極まりない行為である。


「でもおかげで自分がおかしいことには気づけたでしょう?」


「結果論だな」


 否定はしないが、それが正当な方法だとは認めない。

 処刑人は記録者の手を引きながら、足を進めていく。


「どこか行く当てはあるのか」


「ないので、のんびり旅でもしませんか。普通の人間に戻るために」


 記録者の言葉に処刑人はため息をつきそうになったが、最後の一言は魅力的に感じられた。

 人間に戻るための旅、それも悪くなさそうだ。


 ふと、何か思いついたように記録者は処刑人の手を引いた。

 立ち止まった処刑人と向き合って、記録者は笑顔を浮かべる。


「エクゼクトル、僕らだけの名前をつけませんか。人間は生まれた時に、名を授かると言います。人間としての僕らが生まれたということで、つけましょう」


「好きにしろ」


 処刑人は名前を考え出した記録者の手を引っ張って、祖国から離れていく。

 それは子供が親元を離れて自立していく様子にも似ていた。

 いい名前が思いついたのか、記録者はパッと顔を上げて笑顔を浮かべた。


「では、貴方の名前はルーチェ。僕の名前はルーナにします」


 名前の意味は光と月ですよ、と銀髪のルーナは言う。

 それを聞いていた黒髪のルーチェは、その言葉にどんな由来があるのかと問いかけた。


「貴方は僕の光です。光がないと月も見えないんですよ」


 微笑むルーナにつられて、ルーチェも微笑んだ。

 ぎこちない笑みだったが、いつかは自然に笑えるようになるだろう。


 ルーチェは小さく己の名前とその意味を呟いた。


 遠い昔、どこかで聞いたことがあるような名前だったが、明確には覚えていない。

 それでもその名前は昔から自分のものであったような気がして、しっくりと体になじんだ。

 きっと母親というものがいたのなら、父親というものがいたのなら、自分にこの名前を付けていたかもしれない。


 そんなことを考えながら歩く。人としての生まれ直した彼らを、太陽は暖かく照らしていた。


挿絵(By みてみん)



終わり

最後までお読みいただきありがとうございました。

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