違和感
朝、目を覚ますと共鳴者である記録者の姿はなかった。
いつもの事だ。記録者は処刑人とは違う使命を担っている。その使命のために早く起きることも多々ある。
今回もそうだろう。
とくに気にすることもなく、処刑人はベッドから起き上がった。
昨日の後始末がちゃんと出来ているか、毎度のことながらそれを確認しに断罪の間に向かった処刑人は妙な感覚を覚えた。
確かに清めて元通りにしたはずなのだが、何か違和感を覚える。念のために隅々まで確認してみたが、結局何が違和感の原因なのか分からなかった。
(疲れているのか?)
処刑人は目頭を押さえてため息を吐いた。
これではそのうち使命に支障をきたしてしまうのではないかと不安になる。
しかし断罪は毎回行っていることだ。疲れる原因が思い当たらない。
罪人が暴れて逃げ出すなど、他の処刑人のような失態は今のところない。
ふと処刑台を見ると、白い糸が一本、陽の光を受けて輝いていた。
罪人の髪の毛だろうか、と思ったが、前の罪人の髪の毛は銀髪ではなかった。ではその前の罪人のものか。いや、毎回清めているはずのこの場所でそんなに長く異物が残るだろうか。
考えようとした処刑人だったが、頭が痛んで思考を停止した。
ともかく次の処刑のために準備をしなければならない。そしてその次の処刑の準備も。
準備が終わったら処刑人としての教育を受けて、処刑人としての修行をして。
やることは山積みだ。
処刑人は足を進める。その足取りが前より重いことに気づかないまま。
その日の朝はディユハルディンの一角がにわかに騒がしかった。
談笑を疎まれるこの場所で、この時ばかりは普通の人間のように会話する神格者達の姿が多くみられた。
「何かあったのですか」
葡萄色の瞳の処刑人は近くにいた桃色の瞳の処刑人に話しかけた。すると桃色の瞳の処刑人は一度周囲を見回した後に、葡萄色の瞳の処刑人に視線を戻した。
「エクゼクトルが一体自壊したようです」
「自壊、ですか」
またか、と葡萄色の瞳の処刑人は思った。
年に数回起きる神格者の自壊。人間に例えていうのならば自殺だ。
話を聞いたところ、どうやら自室として与えられた部屋で首を切ったらしい。
同室の記録者は目を穢されたらしく、複数の処刑人に連れられて穢れを清めるための施設・清浄の泉へと向かったという。
特別珍しくはない自壊はすぐに噂が絶える。
そもそも会話を推奨されていないディユハルディンの中では噂など早々広まらない。この自壊もすぐに話されなくなるだろう。神より授かった能力を捨てるような行為は忌避される。
自ら壊れることなど最も忌むべきことだ。
しかしなぜか、葡萄色の瞳の処刑人はこの自壊に妙な感覚を覚えていた。
既視感というか、親しみというか、ともかく遠い異国の話ではなく、すぐ真横で起きた出来事のように感じられた。
(どうして)
前はこんな感覚を覚えなかった。
それこそ異国の地で起きた小さな出来事のように感じていたはずなのに。自分の感覚が変わったのか、変わったのならばなぜか。葡萄色の瞳の処刑人は考えたが、結局答えは出なかった。




