神格者(しんかくしゃ)
大きな城を中心に、放射線状に広がる街並み。
城にある高い塔の上から見えるその景色は、宝石箱に整列した色とりどりの石のように美しく、朝日を受けて輝いていた。
建物の壁は全て白で統一されているから、それが宝石を支える土台にも見えた。
まだ陽が昇って一時間も経っていない為か、通りを歩く人影は少なく、運動している人や、家の前を掃除している人の影がちらほらと見える程度だった。
人口およそ百五十万人が暮らす小国・シャムスペイ。
その国には玉座はあっても座るものがいなかった。シャムスペイ独自の文化である無王制だ。
無王制とは、国王となるものを定めず、国に関わる決定や法律など民が決めるというものだった。とはいえ、国民一人一人の意思を聞いて回るわけにもいかない。
そこで作られた制度が“神格者統治制度”というものだった。
シャムスペイには昔から、常人とは異なる能力や部位をもって生まれるものが少数存在する。それらは“神の代弁者”とされ、人の上に立つ権利を与えられる代わりに人の権利を持つことを許されなかった。
彼らは神の格を持った者、神格者と呼ばれた。
神格者が人の権利を持てない理由はただ一つ、何の能力も持たない人間と、神の代弁者である神格者を明確に区別するためであった。
神の代弁者として選ばれた神格者は、その特徴に応じて主に3種類に分けられた。
一つは背中に純白の翼をもつ、人間の罪を見極める使命を持った“神託者”。
もう一つは膨大な記憶の書庫を有し、罪人の全てを記録する“記録者”。
最後の一つは暗闇を見通せる穢れ無き瞳を神より授かった、罪人を裁く権利を持つ“処刑人”である。
彼らは人の間に生まれながら、神の道具としての役割を与えられ、人間の上に立つ権利を与えられる代わりに人間としての暮らしを奪われた。
そんな彼ら神格者たちが集い、住居としているのが国の中心に聳え立つ巨城・ディユハルディンだった。
ディユハルディンは元々王家の者と、その身の回りの世話をする使用人、そして身を守る騎士達が暮らしていた。
その名残で多くの部屋が存在し、神格者達はそれを使っている。また今となっては必要のない謁見の間や大広間は、幼い神格者達を教育する場所として利用されていた。
そんなディユハルディンの一角にある監視塔――今はもうその役目を放棄したただの高い塔――から街を見下ろしているのは、葡萄色の瞳を持つ、左目に黒い眼帯をした処刑人だった。
彼の固有の名前は存在しない。
神の代弁者である神格者たちはそれぞれの役職を己の名称として認識し、それで互いを呼び合っているのだ。といっても一つの役職に一人の神格者がいるわけではない。
三つの神格者は総勢一万五千人程度存在する。単純に考えれば一つの役職を呼ぶと五千人が振り返ってしまう。
それを防ぐために作られた制度が“共鳴者制度”だった。
共鳴者というと特別な繋がりがあるように思えるが、単に字面を難しくしただけの二人一組にする制度である。
この制度によって一人の処刑人につき、一人の記録者がパートナーとして存在し、そしてこのパートナー達はお互いほかの処刑人や記録者を呼んではならないと決められていた。
神託者は処刑人や記録者に比べてその人口が多いため、固有のパートナーを持たず必要に応じて近くにいる処刑人や記録者に指示を出す形になっていた。
神格者たちの役割は先にも述べたように三つある。罪を見極める神託者と記録する記録者、そして断罪する処刑人だ。
その役割から、本来平等であるはずの神格者の間にはちょっとした上下関係ができていた。
最高位が民の意見を聞き罪を見極める神託者、その次が断罪を担う処刑人、最後にあらゆる記録を担う記録者となっていた。
上下関係といっても当人たちにその自覚はなく、お互い平等でただ物事の流れからそのような立ち位置になっているだけだと認識していた。
「エクゼクトル、お時間よろしいですか?」
眼帯をした処刑人が振り返ると、そこには一人の神託者がいた。
神格者の中では少しばかり有名な神託者である。
本来神託者は特定の処刑人や記録者を選ぶことは無い。
この巨城でたった一人の処刑人や記録者を探すのは非効率的で無駄だからである。にもかかわらず、この神託者は決まって左目に眼帯をした葡萄色の瞳を持つ処刑人をわざわざ探して話しかけていた。
なんのこだわりがあるのか、処刑人にはさっぱりわからなかったが自分の使命に支障はないので特に気にすることは無かった。
なんなら偶然が重なっているだけとも考えていた。
「何か御用でしょうか、オラクリア」
外の景色から神託者の方に身体を向けた処刑人に、神託者は持っていた書類を渡す。8枚程度の紙が紐でまとめられたものである。
毎週渡される罪人のリストで間違いなかった。
処刑人はそれをぺらぺらとめくって確認して、処刑すべき相手の情報を7人分頭に軽く入れると一度頷いて「確認しました」と了承の意を伝えた。
表紙のページを下ろして罪人の情報を見えなくすると、処刑人は一礼して神託者に背中を向けた。これから処刑の準備を始めなければならないからだ。
数歩足を進めたところで、何かを思い出したように神託者が「あぁ、そうでした」と声を上げる。
処刑人は足を止めて神託者の方を振り返った。
「あなたの共鳴者ですが、変わりはないですか?」
「質問の意図が分かりかねますが、記録者に変化はありません。使命に支障はないかと思われます」
「それなら問題ありません。呼び止めて申し訳ありませんでした」
ぺこりと頭を下げる神託者に処刑人は内心首を傾げた。
この神託者の変わっているところ、それは自分を指名することもあるが定期的に共鳴者である記録者の様子を聞くところにもあった。
気になる事があるならば本人に問いただせばいいものを、わざわざ自分を通して確認する事に何の意味があるのか。
処刑人は腰まで伸びた長い黒髪を揺らし、足を進めながら考えた。
しかし早急に特に答えは出ないだろうという結論に至り、自分の使命をなすために城の一角に進んで行った。