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会社の二階堂さん  作者: 尾仲庵次
2/2

結婚後は下の名前で呼ばれたいのか否か

 うちの会社の二階堂さんは一人が好きらしい。


 いつもというわけではないのだけど、昼休みなどはたまに独りでどこかに出かけてしまう。


 独りが好き……

 ああ……そういえば彼女とあたしが初めて会ったのは、あたしが生まれたばかりの頃だったらしいから、もうあれから20数年……。


 二階堂さんはまだ二階堂さんのまま。

 結婚して苗字が変わるということもなかったらしい。


 てゆうか、独りが好きな彼女は結婚なんて考えもしなかったのだろう。

 子供の頃の『お姉ちゃん』の記憶は彼女が結婚してしまうということをなぜか否定している。

 もしかしたら子供の頃から彼女の本質みたいなものをあたし自身も感じていたのかもしれない。


 ――――――――――


 最近……。

 黒ビールが美味しい。

 昔から美味しいとは思っていたけど、最近、さらに美味しく感じるようになってきた。


 今週末も美味しいビールを飲みにでかけよう。


 そんなことを考えながらあたしは朝の準備をする。

 あたしが所属している『相談室』は社員の相談に乗る部署である。

 朝の準備……なんてなさそうなものだけど、それなりにメモ帳を取りだしたり、前に相談に乗ったことのある社員のファイルを整理したり、情報を共有したりと、やらなければならない仕事は多い。


『あの……心音さん』

 あたしは上司の那珂心音(なかここね)さんに話しかける。

『何?』

『松沢さんと石岡くんの件は、浦野さんに任せてみてもいいですか?』

『ああ、あの二人ならいいかもしれないね』


 社内恋愛を経て結婚した二人は、結婚後もそのままうちの会社に所属している。


 この二人。

 とにかくくだらないことでよくケンカするのだ。

 そのケンカがただの痴話喧嘩に見えて実はそうでもなく、業務に関係することが案外多いので、相談室としてもしっかり相談に乗らなければならない。


 とは言うものの、まあ、基本的には仲の良い二人なので相談事もそこまで深刻ではない。

 だから新人の浦野さんにはぴったりだと思ったのだ。


 あたしは二人のファイルを持って、浦野さんに説明をする。

 考えてみれば彼女はまだ社内にどんな人間がいるかも把握していないだろう。

『いつ来るか分からないけどけっこう頻繁(ひんぱん)に来る二人をお願いしてもいい??』

『はい』

 浦野さんは背筋をピンと伸ばして返事した。

 セミロングで少しくるりと自然な感じの巻き髪になっている髪の毛がふわりと揺れる。


 やっぱりどこかで会ってるんだけどなあ……


『どうかしました?』

『あ、ごめん。ちょっとぼ――っとしてた』

『月曜日ですもんね』

『そうそう。それでね……』


 あたしは彼女に石岡くんと松沢さんの話をする。

 彼らが結婚して、苗字が同じになったので松沢さんのことは旧姓で呼ぶか、もしくは下の名前で『志保ちゃん』と呼ぶ場合が多い。

 あたしは彼女より後輩なので、さすがに『志保ちゃん』とは呼びづらく、いつも『松沢さん』と呼んでいる。


『あれ? この方って確かランチの時に来る志保ちゃん?』

 今の若い子は先輩のことも下の名前で呼ぶのには抵抗がないようで、それは浦野さんも例外ではないようだ。


『お。さすが。よく分かったね』

『はい。ショートボブにしてるすごくかわいい人ですよね』

『そうそう。あの人、年取らないんだよなあ』

『え? おいくつなんですか?』

『あたしより2つ上だよ』

『ええええっ! せいぜい20代後半ぐらいかと……』


 松沢さんは全然老けない。

 まあ、努力はしているのかもしれないけど、20代の独身の頃にあたしと登山した頃と外見はなんら変わりがない。


『え――と……最近の相談がね……』

 松沢さんが相変わらず可愛いことは周知の事実であたしにとっては何も驚くことでもない。

 だからあたしは説明を続ける。


 てゆうか……

 松沢さんとは対照的に……

 あたしの方はと言えば白髪が目立ってきたのでちょくちょく染めるようになった。

 ただ、残念なことにそうやって()()に染めていても、髪の毛を切ろうかどうか迷っているうちにそこそこ伸びてきて、根元の方が白くなっているのが目立ったりすることが多くもなってきている。


 まあ……いいのだ。

 人間、いつかは老いていくものだ。

 そこに無理に逆行しても仕方ない。


『ああ……これまたくだらない』

 松沢さんの相談ファイルを見て、あたしはつい心の声が漏れ出てしまった。


『旧姓で呼ばれることに悩んでいるみたい』

『旧姓で? 別に良くありません? 最近は夫婦別姓とかもあるみたいですし』

『うん。確かあたしも同じようなことを言ったような気がする』

『納得しないんですか?』

『納得というより……たぶん人の話聞いてないから……』

『そ……そうなんですか』


 浦野さんは不安そうにファイルに目を落とした。

 そんなに不安そうにしなくても大丈夫。


 彼女、ある程度自分の話を聞いてもらったら結論はでなくても納得してくれるから。

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