いや~無理っす~
ーーとあるコンビニで起きた話…なのだが…
ーピロン、ピロ~ン
コンビニの自動ドアを通り過ぎると軽快な電子音が店内に流れた。
部屋着の上にシャカシャカの上着を着た小平は、小腹が減って軽食を買おうとこのコンビニを訪れた。実際はこのコンビニよりももっと近いところに普段から利用している行きつけのコンビニがあるのだが、最近できたこの新しいコンビニが気になり今回はこちらのコンビニに訪れた。
カップラーメン、チョコレート菓子、スナック菓子、おにぎり、干物、酒、などなど、商品を次々とカゴに入れていく。「多すぎるか?」と思ったが、今後の蓄えにと買っておくことにした。
棚の間を通り過ぎた小平はレジへと向かう。レジは二つある内、片方は《休止中》の立て札が置いてあり、店員は一人しかいなかった。店員がいるレジの台にカゴを置く。本来ならここで店員が「いらっしゃいませ」と言い、読み取り機械を手にレジ打ちを始める。しかし、眼鏡をかけた店員は重ねた両手を体の前に置いて立ったまま微動だにしない。
小平と店員の間にしばしの沈黙が流れる。小平の感覚でお互いに「そっちがなんか言ってくれ」という雰囲気を読み取ったので、小平の方から口を開く。
「あの~」ここで店員が動いてくれることを期待したが、そうもならなかった。「え、なにしてんの⁇」小平は至極当然の疑問をぶつけた。
「え?」店員の一言目がそれだった。
「『え?』じゃねぇよ、やってよ早く。」
「何を?」店員は無表情のまま言った。
「いやいやいや何言ってんだよ。やんなきゃダメでしょ。それで給料もらってるんでしょ?」
「あ、お客さんのつもり?」
「なんだよ“つもり”って、普通の客だよ。」
「いやいやいや、急に来てどんどん詰めていくからびっくりしちゃって。」
「コンビニはそういう場所だろ。ほら早く商品売ってよ。」
「いや~無理っす~」
「は⁉」
店員の口から出た衝撃の言葉に絶句する小平。
「だから売れないです。」
「コンビニの分際で何を言っているんだよ。」
コンビニは商品を売る場所。その場所にある商品を売らないとは意味がわからな過ぎる。小平はこの豊村とかいう奇妙なコンビニ店員に狂気すら覚える。
「本当に売れないのか?」
「本当に売れないです。」
「このカップラーメン」
「売れないです。」
「ポテトチップ」
「いや~無理っす~」
「チョコレート」
「いや~無理っす~」
「おにぎり」
「いや~無理っす~」
「ビール」
「いや~無理っす~」
「成人してるけど?」
「いやぁ~~無理っす~」
「なんだその常識を覆す一点張りは!」
コンビニなのにカップラーメンもお菓子も酒も売らない。置いてあるのに売らない。このコンビニは一体……
「ちょっともうお前じゃ話にならないよ。上のモン呼べ! 上のモン!」
「いや~無理っす~」
「なんだ? お前今ワンオペか?」
「でへへ…」なぜか笑い始める店員。
「なに笑ってんだよ。なにが可笑しいんだ?」
「ワンオペって…」笑いが止まらない店員。
「お前の笑いのツボ狂ってるだろ。も~早く。このカゴの中に入ってる商品のレジ打ちして。そんでお前がやらないなら別の人呼んで。」
小平は早くこのコンビニから出たい。この店員から離れたい。そして二度とこのコンビニに近づきたくない。
「えっと、あ、お客さん…すよね…」まだ笑いが込み上げてきているようだ。
「そうだよ。お客さんだよ。お客さんという名の神様だよ。」
「あの…一応ここは僕一人しかいないんで。」
「じゃぁお前がやるんだよ。レジ打ちを。」
「それで…一応、主も僕なんですよ。」
小平はさらに驚いた。こんなに客をコケに扱うようなヤツがコンビニを経営しているのか、と。
「店長なら尚更しっかりやるべきでしょ…」
「いや、店長じゃないですよ。」
小平はもう訳がわからなかった。
「じゃ、アンタ誰だよ。」
「ここに住んでる者です。」
「………」思考が停止する。
「なので、主とはいっても店主ではなく家主です。」
「……は?」
「僕ここに住んでるんですよ。あ、正確にはこの二階ですけどね。」
「てことは、ここは…そのアンタが経営するコンビニだろ?」
「経営はしてないですよ。ただのコンビニです。」
「……経営してない恐ろしいコンビニがこの世にあるのかよ…」
「僕は“ハイパーコンビニマニア”です。」
“ハイパーコンビニマニア”という謎の言葉にどう返すべきか…とりあえず概要を聞いておくことにする。
「ハイパーコンビニマニア?」
「この世のあらゆるコンビニからコンビニを練り歩き、弁当、おにぎり、揚げ物といった食品を食べ尽くす。そして美しい陳列を鑑賞し、それを研究し、そして…自分で作り出す。」
「で、自分で経営…」
「しない。」
「そこはしろよ。お前、今まで見てきた奴の中で最高に中途半端だな。」
そして小平は店…を模したハイパーコンビニマニアの城を見渡して言った。
「ここにある商品はどうしてんの?」
「普通にコンビニの業者から買ってます。」
「コンビニの業者が大量に売ってくれんのか?」
「はい。」
「最高にイカれた業者だな。お前に売るとは。」
「まあでも、ほとんど賞味期限切れなんで。」
小平は自分がカゴに入れた商品を見ていく。おにぎりや弁当は賞味期限切れ。二週間近く過ぎているものもある。お菓子や干物も賞味期限が一週間に迫っているものもある。
「あっぶね。売ってもらわなくて良かったよ。でも、この大量の賞味期限切れの食い物、処理はどうしてるんだよ。」
「もちろん食べてます。」
「今まで聞いた『食べてます』の中で一番怖ぇな。」
「大丈夫。僕フードファイターでもあるんで。」
「新情報来たよ~」
「“メガ胃袋豊村”という名前でやってます。」
「お~最高にダサい。」
そして小平はもっと重大な質問をする。
「賞味期限切れのおにぎりとか大丈夫なの?」
「僕、胃の消化液が常人の十倍くらい強力なんで。」
「この化け物が。」そして気になるのは食品だけではない。「あの本とか、文房具とか電池とかは自分で使ってんのか?」
「本はたまに読んでますけど、文房具とか電気製品とかは、ほんのたまにしか使わないんでほぼ置いてあるだけですね。」
「贅沢だね~。」
小平はそろそろこの今まで会ってきた人間の中で最高にヤバい奴とおさらばすることにする。
「そんじゃ、この商品は全部売れないのね。まあ、商品とも言えないだろうけど。」
「えぇ。なんかすいません。」
「まあ、良いよ。別の本物のコンビニで買うから。」
「すいません。」
小平は店を出ようとする。
「あっ、あのお客さん。」小平を呼び止める店員じゃなくてハイパーコンビニマニア。
「なに?」
「あのこれ使うことは出来ないですけど、オリジナルポイントカードはお配りしてますんで良ければお受け取りください!」
「いや~無理っす~」
ーー終わり