悪役令嬢は、王子に婚約破棄する。〜証拠はたくさんありますのよ? これを冤罪とでもおっしゃるのかしら?〜
「フリーダ王太子殿下。ここに、あなたとの婚約破棄を宣言いたしますわ」
ホールに響いたその声に、一同がギョッとしたのは明らかだった。
そしてかくいう私――レンネも例外ではない。
ここは王立学園の創立百周年を祝うパーティー。
こんな場で出る発言なのかと驚く者が多数だろうが、私たちだけは違っていた。
だって、今日は王太子のフリーダ様が彼女、婚約者のシャール公爵令嬢に婚約破棄を迫るはずだった。
それをお願いしたのは私。男爵家の娘であるところの私がフリーダ様と恋してしまったために、こういうシナリオを作った。あとは公爵令嬢に冤罪をぶっかけ悪役に仕立てれば完成だったというのに。
向こう側からの婚約破棄など想定するはずもなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! えっ。シャール様が? え、どうして?」
「レンネ、落ち着け。――シャール! これは一体どういうことだ! 説明しろ!」
フリーダ様が叫ぶと、シャール公爵令嬢が口角を吊り上げた。
魔女のような顔に私の背筋に冷たいものが走る。
「あら、自覚がなくて? 殿下はその……ええと、レンネだったかしら? その男爵令嬢に浮気をしましたのよね? ですから罪を犯された殿下との婚約は、もはや破棄せざるを得ませんわ」
金髪を艶めかしく揺らしながらシャール公爵令嬢が首を傾げる。
その姿があまりに可憐すぎて、私は思わず息を呑んだ。
いやいや、そんなことを言っている場合ではない。
フリーダ様と私の禁忌の愛がバレている……!? けれどそんなわけがない。あれは誰にも内密だったはず。なのになぜ。
「冤罪だ! 証拠はあるのか?」
「ありますわ、殿下」微笑む公爵令嬢。その仕草すら美しい。「これほどの証言と資料、物的証拠を前にあなたはなんとおっしゃるのかしら?」
彼女が手にしていたのは、どこから取り出して来たのやら、たくさんの紙束。
そしてその背後には裁判官やら学長、名前も知らない侍女たちを引き連れていた。
ちょっと待って、これはおかし過ぎる。
今日はフリーダ様が婚約破棄を宣言し、私と結ばれるはずだった。公爵令嬢は追放、私はいじめられ男爵令嬢から成り上がって王妃になる。
なのにこれはどういうこと?
私は何か口を挟もうとするも、声が出ない。
その間にも状況は進んで行ってしまう。
「そ、其奴らはっ」
「ですから証人ですわ。この紙束にもどうぞ目をお通しくださいませ」
公爵令嬢がこちらへ歩み寄ってきて、フリーダ様に紙束を渡す。
彼女のドレスは真紅で、まるで血のような色をしていた。……私はその姿に恐怖する。
真紅のドレスは女性が勝負に挑む時の品と聞いたことがあるのを思い出した。
私は下級貴族だから、ドレスの色にそこまで気を使うこともなかったけれど……もしかするとシャール公爵令嬢は、最初から全てわかっていた?
私は真っ青になった。それだとしたら――。
「うっ。これは」
フリーダ様が呻いた。「どうしたの」と紙束を覗き、私も思わず悲鳴を上げる。
そこには私とフリーダ様が交わした言葉、それが一言一句違わず書いてあったのだから。
それも、公爵令嬢を貶めるべく作戦会議の内容だった。
「……おわかりになりましたかしら? わたくし、これでも王太子の婚約者ですので、王国の影を常に扱える立場にありますの。わたくしが頼めば彼らはいくらでも情報公開をしてくださいますわ」
魔女だ。
この女は魔女だ、と私の感覚が叫んでいる。関わってはいけなかった。その青い瞳はまるで私の心の奥まで見つめてくるかのよう。
恐ろしかった。私は床に蹲り、思わず頭を抱えてしまう。
「そうそう。それに、証言も必要ですわね。
さあ、こんなにも証人がいますわ。一人一人、きっちりと教えていただきましょうね……」
私はシャール公爵令嬢を追放しようとした。
フリーダ様と愛し合いたいだけだった。なのに公爵令嬢はその全部を知っていて、ああやって私を断罪したのだ。
私は貧乏男爵家の生まれ。あんな大事を企んでいたことが知られた以上、処刑以外の道はない。
フリーダ様は王太子を降ろされ、男爵の称号を与えられて田舎へ追放。あのパーティー以来、私と彼は言葉を交わすことすら許されなかった。
「どうして、こんなことになってしまったの……? 私の何が間違っていた? だって私には、ああするしかフリーダ様といられる道がなかった。なのに……」
処刑台に突っ込まれる首。
ああ、もう全てが終わってしまうのだ。
遠くで悪魔の笑い声がする。
「ふふっ。これがわたくしを陥れようとした、報いですわよ」
彼女は確か、新しく王太子となった第二王子と婚約したはず。
ああ、いいなぁ……と私は思った。きっと誰よりも幸せになるのだろう。どうして私にはそれが許されなかったのか。
でも考えたって仕方ないのだ。もう、死ぬのだから。
「――レンネ」
魔女とはまた違う声が聞こえた。
あれはフリーダ様。でもこれは幻聴だ。だって。
「レンネ!」
処刑台の刃が降ろされる前にはっきりと、そう呼ばれて。
それと同時に私の意識は途絶えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よくぞここまで戻って来られましたわね、殿下。いいえ、今はフリーダ男爵ですわね。褒めて差し上げますわ」
「シャール! よくもレンネを処刑などと……!」
首のない少女の死体を見て、少年――いや、青年と言った方が正しいその男が叫ぶ。
それはかつて王太子であったフリーダだ。彼はおそらく、愛する少女を救いにやって来たのだろう。
しかしそれはもう遅かった。たった今首は落ち、彼女は死んだのだから。
「ひどいとでもおっしゃいますか? 彼女は真実の罪で断罪され、命を落としたのですわ」
「たとえそうだとしても、処刑することはなかっただろう! ……あぁ、レンネ」
少女の死体を抱き、かつての婚約者が涙を流す。
しかしわたくしは知っている。彼がどれほど無慈悲な男であるのかを。
彼とそこの娘が幾度、わたくしを無実の罪で断罪したことか。
処刑された数も、もう忘れてしまった。わたくしはその度に屈辱の中で死に、人生を繰り返していたのだから。
それに比べれば真実の罪で断罪される彼女など、何百倍マシなのだろうか。
せいぜい己の罪を自覚し、安らかに眠らんことを。
「――さて次はあなたの番ですわよ。あなたは領地から一歩も出ないよう、言い渡していたはずですわよね?」
「しゃ、シャール……!」
「わたくしを呼び捨てするなど不敬ですわよ、フリーダ男爵。わたくしは王太子妃なのですから。……連れ出しなさい」
騎士たちがフリーダ男爵の周りに集まり、喚く彼を外へ引っ張り出す。その腕に抱いていた少女を奪わなかっただけ慈悲があったと思いなさい。
ああ、清々した。二度と彼と出会うことはないだろう。あんな浮気男、見るだけで吐き気がする。
「……さてわたくしは愛する人の傍へ戻りましょうかしら」
わたくしが愛するお方。
それは第二王子にして現在の王太子、エリーダ様。
彼が処刑されたわたくしに繰り返しを仕掛けていたのだと知ったのは、今回のこと。そのおかげでようやくこうして切り抜けることができた。
彼は引っ込み思案な人だから、なかなかわたくしを救おうとしてくれたことを言ってくれなくて苦労したけれど。
ああ本当に可愛い人……。
「エリーダ殿下、彼女の処刑は終わりましたわ」
「そ、そうかい。それはそれは……」
「裁きは下されましたわ。もう恐れるものはありませんのよ、殿下。――愛しておりますわ」
わたくしは、愛しのエリーダ殿下に口づけを落としたのだった。
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