95、南蛮寺勧誘(なんばんでらかんゆう)
永禄四年(1561年) 十月下旬 摂津国 有馬郡三田城 伊勢虎福丸
「ヴィレラ、よく来てくれた」
ガスパル・ヴィレラが微笑んだ。京を中心にキリスト教の伝道をしている宣教師だ。隣には中年の男がいる。日本人で名はロレンソ。元は琵琶法師だったが、ヴィレラに出会って、キリシタンになった。今はヴィレラのサポートで畿内の伝道に励んでいる。
「とんでもございません。三田の地でも教会を建てて良いとのお言葉。ありがとうございます」
ヴィレラが感謝の言葉を言う。ヴィレラを呼んだのは俺だ。有馬郡には教会がない。南蛮との貿易のために教会は必要だ。
宣教師たちからはもう何度も誘われていた。ただ、桐野河内の地は神社の影響が強いし、波多野家が狙っていた。キリシタンを危険に晒すのはまずい。そう思って、宣教師たちを遠ざけていたのだ。
「桐野河内を失った。ただ有馬の地は長続きすると思う。播磨の六角は身動きが取れぬしな」
俺が言うと、ヴィレラが顔を綻ばせた。キリシタンが増えるのだ。イエズス会の本部にもいい報告ができるだろう。
「備前・備中にも信者を増やそうと思っています。九州のようにたくさんの者が信仰を持つことが私の目的です」
「ふむ。デウスの教えとやらか」
「はい。とても良い教えです。虎福丸様も如何ですか?」
「今は遠慮しよう。坊主共がうるさいのでな」
俺が言うと、ヴィレラもロレンソも声を上げて、笑った。俺、そんなにおかしいことを言ったかな?
しばらくヴィレラと話す。恐ろしく聡明な男だ。九州の大名たちがキリシタンになる理由も分かる。三好の家臣にもキリシタンが増えているという。今度は四国にも伝道するとヴィレラは言っていた。イエズス会か。俺にはいまいち良さは分からんが、今は乱世だ。デウスに救いを求める者たちが増えるのも分からんでもない。ただ信徒が増えすぎれば、本願寺のようになりかねん。注意が必要だな。
永禄四年(1561年) 十月下旬 摂津国 有馬郡三田城 城下町 温泉宿 ロレンソ
温泉に浸かっていると心が洗われる。何といい湯なのか……。
「ロレンソ、あなたはどう思いましたか」
「司祭、虎福丸様のことですか? やはり聡明な御方であると思いました。司祭の話にじっくりと耳を傾けていましたね」
「ええ、祖父の伊勢守様の孫でありますが、伊勢守様以上の傑物でしょう。ただあの探るような目。怖かったです。相手は子供だというのに。あの御方は小領主では終わらないでしょう。もしかして三好に取って代わるかもしれません」
「ハハ……司祭。考え過ぎですよ。虎福丸様は兵とてそんなに多いわけではありません。三好にはとても勝てないでしょう」
司祭が真顔になる。本気なのか?
「あの御方はデウスの教えも信じない。しかし、仏の教えを信じているようにも思えません。強いて言うなら自分を信じている。怖い御方だ。ああいう強い人間は取り込むことはとても無理です」
「司祭……」
「私に言ったことと同じことを他の僧侶にも言っているでしょう。キリスト教や仏教を利用して、領内の発展を促す。全く老獪な政治手腕だ。煮ても焼いても喰えないお人です」
司祭が何とも言えない表情を見せた。珍しい。初めて見る顔だ。
「あのような御方こそ、デウスの教えが必要と思ったのですが、残念です」
司祭が心底残念そうに言う。虎福丸様を信徒にはできないのか。寂しくもあり、ほっとする自分もいる。やんちゃな虎が身内にいても気苦労が絶えないだろう。今の関係が丁度良いとも思える。不思議だ。こんな気持ちになったのは初めてだ。




