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9、追い落とし

永禄三年(1560年) 十月 京  伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸


「お初にお目にかかる。内藤(ないとう)備前(びぜん)守宗(のかみむね)(かつ)にござる」


 がっしりした中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)の男が頭を下げてきた。松永弾正少弼久秀の弟の内藤備前守が三好長慶の居城・摂津(せっつ)芥川(あくたがわ)山城(やまじょう)を訪れた帰りに伊勢の屋敷に寄ったのだ。丹波は緊迫した情勢にある。若狭武田や越前朝倉家も丹波に攻め込もうとしている。国人衆も独立の機会を窺っている。


 俺も頭を下げた。


「伊勢虎福丸にござる。こたびは何用で参られましたか」


「虎福丸殿、丹波はもう駄目かもしれませんぞ」


 内藤備前守が弱音を吐いた。


「そんなに丹波はひどいのですか」


「うむ。三好への反発が強くありまする。朝倉や武田の方がましだとも言われておりまする」


 備前守が畳に目線を落とした。


「このまま丹波にいれば、村雲党が備前守殿を襲いましょう」


 備前守が顔を上げた。怯えはないが、眉間に(しわ)が寄っている。


「摂津に撤退なされてはいかがか」


「兄上の所でござるか」


 摂津滝山城。松永久秀の本拠地だ。松永は大和攻略戦で出払っているが、松永の家臣たちが守っているはずだ。


「しかし、丹波を捨てるわけには」


「それよりも内藤備前守様のお命の方が大事でございましょう。丹波はまた取り戻せばようございます」


「……」


 備前守が押し黙った。正論だと感じてくれただろうか? 丹波国人衆は独立性が強い。それを束ねるのは至難(しなん)(わざ)だ。信長も光秀も丹波攻略には散々手こずったからな。


「丹波を脱出させれるなら、伊勢忍びが力を貸しましょうぞ」


 備前守がゆっくりと頷いた。


(かたじけな)い。その時はお願いします」


 備前守がまっすぐにこちらを見てくる。覚悟を決めたようだな。史実ではこの後、備前守は討ち死に。国人衆たちは独立する。三好もあと八年で畿内の覇者から転落する。次は信長の時代だからな。俺は備前守を助けて松永久秀に恩を売ろうと思う。松永一党は三好の重臣だ。味方につけるに越したことはない。












永禄三年(1560年) 十一月 京  室町第 伊勢虎福丸


「父上、急なお呼び出しにございまする。義輝様は何用でしょうか」


「分からぬ」


 父上が首を(ひね)っている。俺と父上は御所に来ていた。義輝に呼び出されたのだ。長い廊下を歩いていく。先導するのは細川(ほそかわ)()一郎(いちろう)(ふじ)(たか)だ。


「政所のことにござる」


 与一郎が不快そうに言った。


「進士美作守殿の家人が商人に乱暴した一件か」


「左様。それが政所に持ち込まれたのですが、美作守殿は伊勢(いせ)伊勢(いせ)(のかみ)(さま)の裁定に不正があると」


「馬鹿な。あれは美作守殿の家人が乱暴しておるから、裁かれて当たり前であろう」


 商家に押し入り強盗があり、商人の妻と娘が(さら)われた。お爺様が調査したところ、進士美作守の兵の仕業と分かった。妻と娘は無事に帰ってきたが、商家から盗まれた金子は戻ってこなかった。


 お爺様は兵たちを裁こうとした。しかし、幕府側から介入があった。裁くな、というのだ。


「それが兵たちは無実であると。伊勢守殿が美作守殿を陥れるために仕組んだ(はかりごと)相違(そうい)ないと」


「父上に罪をなすりつけようというのか」


 父上が大きな声を出した。与一郎が頷く。


「しかも商家というのが曲者(くせもの)でございましてな。その商人はよく美作守の屋敷に出入りしている商人でございます。でっち上げに相違ないと宮内(くない)少輔(しょうゆう)殿(どの)は言っていました。私もそう思います」


「おのれ、美作守っ。それほどに伊勢が憎いかっ」


 父上が怒気を孕んだ声で言った。美作守も伊勢潰しに本気のようだ。自分が政所執事になりたいのかね。愚かなことだ。









 与一郎に案内されて、評定の間にやってきた。すでに幕臣たちは勢ぞろいしている。一人だけ、浮いている男がいた。


「三好修理大夫様が家臣鳥養兵部丞(とりかいひょうぶのじょう)(さだ)(なが)にござる」


 男が表情を変えずに言った。修理大夫の側近だ。物静かだが、俺たち親子を冷静に観察している。三好の代理人。そう考えているだろう。


「皆で話し合っていたところだ。兵庫頭、政所執事の失態であるぞ」


 義輝が口を開いた。まずいな。義輝も何か吹き込まれたか。


「父は政所執事の職を(まった)うしようとしたまで。商家を襲い不届きな輩を成敗するのはおかしなことではござらん」


「兵庫頭、父親をかばいたいのは分かる。しかし、美作守は余の股肱(ここう)の家臣。罠にはめるのは幕臣としてあるまじき行い」


 義輝が怒っている。美作守がニヤリと笑った。嫌な笑いだ。


「三好としては政所執事解任を申し上げまする。伊勢守殿では私利私欲に満ちていきませぬ故」


 能面の鳥養兵部丞が言う。三好が伊勢の敵に回ったか? いや、修理大夫が裏切るとも思えん。


「政所執事を解任か……」


 義輝が悩むように渋面を作る。父上がごくりと唾を飲んだ。


「アハハハハ。アハハハハッ」


 俺は笑い声を上げた。姑息だ。お爺様の解任をこんな形で? 姑息にも程がある。俺は義輝の方を向いた。


「ど、どうしたのだ。虎福丸……」


 義輝が上ずった声を出した。いかんなあ。天下の将軍が側近の讒言(ざんげん)を信じ込んでは。まあ、美作守の場合、娘が義輝のお気に入りの側室だ。讒言は容易だろう。


「おかしくてなりませぬ。滑稽(こっけい)にございまする。義輝様、これは我が祖父を政所執事から追い落とそうとする進士美作守殿の(はかりごと)に相違ござらぬ」


義輝が俺をまじまじと見てくる。幕臣たちも俺を見る。さて、反撃といくか。


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