89、一時(ひととき)の平和
永禄四年(1561年) 十月下旬 摂津国 小浜城 三好義長
「有馬の六角を討つ」
家臣たちにどよめきが起きた。彦六が敵を引き付けている間に三田城にいる六角を討つのだ。彦六とも十分に示し合わせている。敵は三万の大軍と聞くが、関係ない。こちらには精強な兵が揃っているのだ。負けるわけがない。
「いよいよですな……」
岩成主税介が言うと、頷く者が何人かあった。
そうだ。このまま、じわじわと攻められれば、六角が摂津を取ることになる。そうはさせん。六角には播磨の赤松、別所、宇野といった連中がついている。右衛門督の自慢気な顔が目に浮かぶわ。腹立たしい!
彦六が大和信貴山城に籠り、大和に波多野の兵を呼び込んでいる。波多野は彦六が気になって大和に攻め込んだ。こちらの思惑通りだ。
それにしても伊勢虎福丸、恐ろしい童子よ。この策を彦六と考えていた時に虎福丸の使者が来た。私も彦六も文を見て驚いた。三歳の童子に策を授けられるというのも笑い話だ。後世の者は私と彦六をどう見るかな。虎福丸の策を鵜呑みにした愚か者とでも書くか……。
まだ日が高い。だが一刻もしない内に日が沈むだろう。夜になれば、六角の忍び共の目を誤魔化せるだろうか。いや、甘いことは考えぬ。正面から打ち破って、三好筑前守、ここにありと吠えて見せようぞ!
永禄四年(1561年) 十月下旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
目の前の男が茶を啜っている。平和だねぇ。男の名は諏訪信濃守晴長。義輝の老臣で政所に仕えている。先代の将軍から仕えている譜代の家だ。
「六角と三好、どちらが勝ちますかな」
信濃守がぽつりと言った。三好義長は摂津小浜城を出陣したと聞いている。六角は摂津有馬郡に兵を展開。迎え討つ構えを見せた。どちらが勝つのかは分からない。泥沼の戦争になるのか……。家臣の三上与次郎は義長についていっている。六角右衛門督は虫が好かん。どうせなら義長が勝って欲しいな。
「私は三好に勝って欲しいと思いまする」
信濃守が目を見開いた。俺が六角の肩を持つと思ったのか? まあ義輝が右衛門督びいきだからな。
「虎福丸殿は正直ですなあ。私も年です。若い者は六角や波多野がいいと言っていますが……」
信濃守が溜め息をつく。よほど疲れているのだろう。幕府内部で幕臣たちがギャーギャー騒いでいる様が目に浮かぶわ。
「六角や波多野ではまとまりますまい。三好筑前守殿は修理大夫殿の嫡子として、人望もある。右衛門督殿は家中もまとめられぬ。国人たちも誰を主と仰ぎたいか、筑前守殿しかいませぬ」
「しかし、三好が負けるということもありましょう」
「まあ筑前守殿も戦に慣れておりませんから……。六角も戦上手が揃っております故」
「こんなところで案じていても仕方ありませぬな。しかし、私も三好の世を望むとは。それほどに天下が乱れている……。早く安寧が訪れれば良いと思うのですが……」
信濃守がほっと息を吐いた。同感だ。ただ戦乱は治まりそうにない。俺が言うのもなんだが、義輝がトラブルメーカーだからなあ。このまま反省しなければ、本当に殺されるだろう。筑前守は優等生だし、その心配はないと思うが……。




