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64、新たな味方

永禄四年(1561年) 七月 京 御所 伊勢虎福丸


 俺は御所の縁側に腰かけていた。義輝への書状の効果はあった。俺は山名を刺激しないように、と進言した。そして播磨に右衛門督を残して、帰ってくるようにと。そうしないと尼子や毛利、浦上といった諸大名が足利に(そむ)きかねない。そうなると、三好が四国から京に攻め込んでくる。俺は義輝への文にそう書いた。間に合わないかとも思ったが、今井宗久がのろのろと播磨に向かったので、俺の送った使者が間に合ったようだ。


 義輝は今井宗久に懇願されて、山名攻めの中止を決断した。三淵弾正左衛門や細川与一郎たち幕臣も義輝をなだめたようだ。六角右衛門督だけが山名討伐を主張していたが、無視された。


 やれやれ、これで一息つける。山名討伐となったら、北近江の浅井、阿波の三好が動きかねん。気が気ではなかったぞ。俺は足をプラプラさせながら、庭を眺める。家臣たちも播磨攻めに出かけている。俺の周りには今、人がいない。


「虎福丸殿、隣はよろしいかな?」


 声をかけられた。振り向くと摂津(せっつ)中務(なかつかさ)少輔(しょうゆう)がいた。年の頃は五十過ぎだろう。若い頃は美男子であったろう男前だ。髪は白いものが混じっている。春日局は摂津の養女になっているので、中務少輔は春日局の義理の兄に当たる。


 俺は良いと答えた。中務少輔が縁側に座る。手には扇子を持っている。


「美作守殿と右衛門督には困ったものよ。山名討伐など、山深い但馬の地に引きずり込まれたら戦も厳しいものとなろう。義輝様も義輝様じゃ。あの二人を抑えるだけの力を持っていただかなければ」


「義輝様は早くこの国の乱れを正したいのでございましょう」


「それは分かる。だが、焦り過ぎておる」


 中務少輔が険しい表情になる。そうだ。義輝は急いでいる。民が戦で苦しまぬ世に。自らの理想のために。しかしの今の幕府ではな。朝廷も義輝への期待はない。義輝は威を取り戻している。しかし、幕臣たちに忠義はあるが、理念がない。人材の払底(ふってい)。それ故に三歳の俺が頼られる。


「かつての足利の栄誉を取り戻したいのでございましょう。ただ軍を動かせば、周囲は(おそ)れの目で義輝様を見ます。それも細川与一郎殿たちがうまくお助けすれば良い話」


「だといいのだが。はあ。上杉弾正殿が帰った後が厄介よな」


 中務少輔が言う。上杉帰国後の問題。六角だな。右衛門督は家中の乱れを気にしている。右衛門督には次郎左衛門という弟がいる。十四歳で若いが、筆頭家老の後藤但馬守たちが次郎左衛門を担ごうとしていた。


「幕府が六角の御家騒動に巻き込まれるわけにはいかん。だが、播磨と近江か。京は丁度その狭間(はざま)にある。巻き込まれるに相違ない」


「六角を抑えるには上杉様の力が必要にございます。ただ上杉様にはその気がない」


「困ったことだ。伊勢守殿に頼むしかないか」


 俺は首を振る。お祖父(じい)(さま)でも無理だろう。右衛門督は進士美作守と組んでいる。美作守の目的は伊勢家を潰すことにある。右衛門督は伊勢家の言うことを聞かない。そのことは火を見るよりも明らかだ。


「いえ、お祖父さまの言うことも聞きますまい。それよりも中務少輔様が言われた方が言うことを聞くのではありますまいか」


 中務少輔が目を見開く。驚くことはないだろう。中務少輔は進士美作守も頭が上がらない幕府の重鎮だ。しかも義輝と親しい春日局は中務少輔の妹だ。中務少輔が義輝と右衛門督の間に入る。これが幕府の体制にとって一番いい。


「虎福丸殿も難題を言われる。あの男を止めよと申されるか」


「右衛門督を止められるのは中務少輔様だけでございます。他の方々では引き受けますまい」


 三淵弾正左衛門と細川与一郎では若すぎる。もっと年齢が上でかつ義輝と距離の近い人物。それは摂津中務少輔しかいない。摂津を義輝に張り付け、右衛門督の情報を取る。右衛門督も中務少輔には遠慮するだろう。中務少輔を敵に回せば、義輝のみならず、幕臣のほとんどを敵に回すことになる。右衛門督もそこまで愚かではないだろう。


「それもそうだな。これも幕府の、ひいては公方様のため。この中務少輔が目の黒い内は右衛門督には勝手は許さぬ」


 やる気になってくれたようだな。これで右衛門督への抑えはできた。後は……。














永禄四年(1561年) 八月 京 御所 伊勢虎福丸


 義輝が播磨から帰ってきて一ヶ月が経った。俺はまた御所の大広間に呼ばれた。但馬守護の山名祐豊が上洛した。重臣たちを引き連れている。俺は摂津中務少輔の隣に座る。


「山名右衛門督祐豊にございます。公方様におかれましてご機嫌麗しゅう」


 五十歳くらいの男だ。がっしりした体つき。頑固そうなに見える。


「よくぞ上洛した。待ちかねておったぞ」


 義輝が顔を(ほころ)ばせる。山名は足利の重臣だ。今は疎遠になっているが、京に顔を出したということは足利と山名が再び結び付くということ。義輝の夢の実現へも近づく、そのために義輝は上機嫌になっている。俺は末席に座る男を見る。今井宗久、堺の豪商だ。武器商人でもある。今回、宗久が義輝と山名の間に入って山名の上洛が実現した。商いだけではなく、大名間の交渉も調停もするのだからキングメーカーと言っていい。


「宗久殿に強く(すす)められました故」


「ふむ。宗久よ。右衛門督をよくぞ上洛させた。褒めてつかわすぞ」


「ははっ、勿体(もったい)なきお言葉、ありがとうございまする」


 宗久が頭を下げた。宗久の働きがなければ、足利と山名は戦をしていただろう。俺の密書もあったが、宗久のおかげで戦は避けられた。


「ところで右衛門督。尼子と毛利の争い、余はいささか見ていられなくなってな」


「お互い譲るところがありませぬ。あれはどちらかがどちらかを滅ぼすまで続くでございましょう」


 山名祐豊は言葉少なく答える。実直な性格なのかな? 山名の本心が読めない。


「そこでだ。そのほうに安芸(あき)の吉田郡山城に行って欲しい。尼子と毛利の和議を仲介してもらいたいのだ」


 安芸の吉田郡山城といえば、毛利氏の本城(ほんじょう)だ。そこに山名祐豊を行かせる。義輝の名代として、だ。

 義輝の狙い、それは中国地方の戦を鎮めることだ。そのために半ば無理やり山名を上洛させた。


 山名祐豊は無表情だ。後ろの重臣たちが険しい表情になる。山名にとってあまりいい話とも言えない。失敗すれば、山名の面子が潰れる。リスクは高い。


「その()はすぐには」


「承知できぬ、と申すか?」


 義輝が淡々と聞く。山名右衛門督が黙っている。時間が過ぎる。


「はっ」


 ようやく山名が返事をした。義輝の表情は変わらない。


「無理を言ってすまぬ。右衛門督。どれ、能見物をしようではないか。そのほうらのために役者は呼んであるぞ」


 義輝の切り替えは早い。山名は話に乗ってこない。当たり前だろう。まだ義輝の力が小さすぎるのだ。これがもっと領地が増えれば、相手の対応も違ってくる。皆が部屋を出ていく。能見物だ。京を守っていた時の緊張感が薄れていく。しばらくは平和に過ごせそうだ。そうだ。丹波にいる瑞穂たちを呼び戻そう。


「虎福丸様ですな? お耳に入れたいことがございます」


 廊下を歩いていると、隣の男が声をかけてきた。壮年の男だ。人懐(ひとなつ)っこい笑みを浮かべている。堺の豪商・今井宗久が俺に何の用だ?


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 名門武家の当主が公の場で卑しい商人に殿をつけて呼ぶなんてあるんでしょうか?
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