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57、上杉上洛

永禄四年(1561年) 七月 山城国 京 御所 伊勢虎福丸


「よくぞ参った。弾正少弼」


 義輝の甲高い声が響いた。政虎は平伏する。政虎の後ろの朝倉左衛門督義景(あさくらさえもんのかみよしかげ)、能登畠山家当主・畠山(はたけやま)修理(しゅり)大夫(だゆう)(よし)(つな)、若狭武田家当主の武田(たけだ)治部(じぶ)少輔(しょうゆう)(よし)(むね)、六角右衛門督義治、波多野孫四郎元(はたのまごしろうもと)(ひで)もそれに習う。総勢七万に及ぶ連合軍だ。三好長慶、三好日向守たちは京を放棄。本拠地である摂津芥川山城に立て籠っている。

摂津の国人衆は長慶に出仕せず、それぞれの城に引き籠っていた。阿波の三好豊前守は和泉に兵を進め、紀伊畠山家を牽制(けんせい)している。


 義輝は喜んでいる。諸大名も嬉しそうだ。一人だけ六角右衛門督は浮かない顔をしている。危ういな。上杉の下位に置かれるのが納得いかんという感じだ。


「公方様に政をさせぬ不忠の臣たる三好はこれより打ち払いまする。ご安心くださりませ」


 政虎の言葉に義輝は頷く。


「うむ。大儀である。余は忠義の臣をもって、嬉しいぞ。それと美濃なのだがな」


「武田と織田でございますね?」


 美濃は今、武田と織田が攻めている。ただ、両家とも攻めあぐんでいるようだ。斎藤は守りが固い。美濃は容易に攻略されないだろう。


「三好との戦を前に臣同士の争いになってはいかん。斎藤、武田、織田の三者を仲介して和議を結ばせる。弾正少弼、力を貸してくれるか」


「はっ、公方様の下、我ら大名は戦を止め、幕府の政をお助けせねば、と思っております。公方様が美濃の戦乱を鎮めたいというのであれば、この弾正少弼。斎藤らに和議を結ぶように(うなが)しまする」


 義輝がうんうんと頷いている。そして今度は老年の男に声をかける。


「久しいの。右京(うきょう)大夫(だゆう)


「はっ、お久しゅうございます」


 細川右京大夫晴元、細川(ほそかわ)(けい)兆家(ちょうけ)当主(とうしゅ)だが、三好との争いに敗れ、近江の六角に亡命していた。管領職も解かれているが、足利家にとって細川家はなくてはならぬ存在だ。晴元の帰還に義輝はご満悦(まんえつ)だ。管領、政所、それに上杉、六角といった有力大名。幕府の幕府たりえる要素が揃ったからな。三好の傀儡(かいらい)から解き放たれた、そう思っているんだろう。


「三好修理大夫なかなかしぶとうございます。討伐するとしても三好豊前守が和泉岸和田城におりましょう。いかに攻めまするか」


 武田治部少輔が言うと、幕臣に頷く者が何人かいた。そうだ。三好は一旦兵を退いただけ。畿内はほとんど三好の手にある。


「何の。力攻めにて三好を打ち払うべし。芥川山を攻めるべきじゃ!」


 六角右衛門督が大声を上げる。政虎たちは無反応だ。右衛門督を見る目は冷たい。政虎への嫉妬で対抗心を丸出しにしているからな。


「ふむ。虎福丸。いかが思うか?」


 義輝が俺に問いかけてくる。右衛門督が期待を込めて俺を見てくる。やめろ。そんなキラキラした視線を送るんじゃない。


「三好豊前守と和議を結んではいかがでしょうか。豊前

守は兄・修理大夫とうまくいってないようですし。離間の策を仕掛けるのでございます」


「三好修理大夫ではなく、弟の豊前守と交渉せよと申すか」


 義輝が(つぶや)くように言った。意外な手だ。そう思っているんだろう。長慶を滅ぼしても義輝の悪名が高まるだけだ。長慶は義輝の保護者であったわけだし、恩もある。義輝はそういうところが鈍い。


「はい。そのほうが修理大夫の力を削げると思います」


「なるほど、それは妙案じゃ」

「さすが虎福丸殿よ」

「神童との噂真であったか」


 諸大名が感嘆の声を上げている。三好豊前守を抱き込む。そうすれば戦が避けられる。三好との戦で兵を失わずに済む。そんなところだろう。一人だけ(にら)んでくる奴がいる。右衛門督だ。だが、右衛門督は口を(つぐ)んでいる。


「では弾正少弼。早速虎福丸を豊前守への使いとしたい」


「はっ、虎福丸殿の策、お見事であると思いまする」


 おいおいままた俺が出向くのか? まあ戦になれば血で血を争うことになりかねんからな。政虎と右衛門督に豊前守との交渉を任せると三好と真正面にぶつかることになりかねん。俺が豊前守を説き伏せるか。













永禄四年(1561年) 七月 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸


 御所での評定を終え、俺は久しぶりに政所、つまり伊勢の屋敷に戻ってきた。


 家臣の(つつみ)三郎(さぶろう)兵衛(ひょうえ)野依(のより)二郎(じろう)()衛門(えもん)たちが俺を出迎える。俺は関白殿下、上杉憲政、お春を屋敷に迎え入れる。中に入ると、客間に三人を通した。お爺様と父上はいない。薩摩に行ってまだ帰っていない。侍女が(ほう)じ茶を出してきた。


「虎福丸、豊前守は謀将と聞く。兄・修理大夫長慶とはまた一味違う相手であるぞ」


 殿下が言う。俺は三好豊前守への使者を引き受けた。明日には屋敷を出る。その前にこの三人と話しておきたかった。


「分かっておりまする。豊前守は伊勢のこと煙たいと思っておりましょう。それでも豊前守の尻に火がついておりまする」


「尻に火、とな?」


 殿下が真顔になる。憲政もキョトンとしている。お春は澄まし顔だ。


「殿下、三好豊前守が最も恐れているのは一条(いちじょう)()近衛(こんえ)少将(しょうしょう)(さま)です」


「土佐の一条家でおじゃるか。確かに左近衛少将は武勇に優れ、公家とも思えぬ勇猛な将と聞く。会ったことはないがの」


 そう、土佐の一条家だ。公家の一条家の分家だが、戦国大名化している。三好豊前守は国人衆を誅殺(ちゅうさつ)するなど、謀将として悪名高い。それに対して、一条兼定は十八歳。家中の結束も高く、四国の諸将は兼定を担いで、豊前守を討とうとしている。つまり、豊前守も長く和泉岸和田城にいることはできないのだ。豊前守も上杉との和議を考えているだろう。そこを狙う。


「ううむ。さすが虎福丸は土佐のことまでよく知っておる。義輝殿が重用(ちょうよう)するのも分かるわ」


 憲政が(うな)り声を上げた。この程度で驚いてもらっては困るな。豊前守が頑固に突っぱねるのであれば、土佐にまで行って、一条兼定と会おう。そして、今度は兼定を(あお)ってやる。悪人・三好豊前守を放っておくのは天下安寧の為ならずとな。兼定はまだガキだし(くみ)しやすい。まあそれは最終手段だがな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 虎福丸さん、最後に大きな旗建てましたね〜! それより、お父様とお祖父様、本当に大丈夫でしょうか? なんか下手に亡くなってしまった場合、虎福丸第六天魔王モードの展開になりそうで… ちょっと心…
[一言] なんか六角が蟻の一穴になりそうな・・・。史実では観音寺騒動を起こして家を没落させた馬鹿だしな・・・。 一条兼定、史実では救いのない阿呆だがこの物語では果たして・・・。
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