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53、春日山

永禄四年(1561年) 七月 越後 春日山城 長尾綾


「伊勢虎福丸殿、明日には春日山に御到着とのことにございまする」


 上杉左京亮景(うえすぎさきょうのすけかげ)(のぶ)殿(どの)が弟に声をかけました。弟が満足そうに頷きます。


「新御所造営の金子は用意した。あとは上洛よ」


「はっ、(のき)(ざる)たちの申すところによりますれば、大宝寺は家中に乱れあり、領内がとてもまとまりませぬ。蘆名(あしな)修理(しゅり)大夫(だゆう)でございますが、伊達が攻めてくるとの風聞を信じ、腰を上げようとはしませぬ」


「はっはっは。良きことなり。北条はどうじゃ?」


「佐竹、宇都宮、太田、壬生(みぶ)らが北条に敵対する動きがございます。それと武田と今川でございますな。両家が関東に攻め込むとの風聞があり。とても越後に兵を出すことなどできませぬ」


「うむ、うむ」


 弟が上機嫌です。こんなに嬉しそうな弟は久しぶりですわ。

余程に虎福丸殿に会うことが嬉しいと見える。


「加賀、能登も(つつが)なく、お通りなされた由。まさしく重畳(ちょうじょう)と心得まする」


 夫が言うと、弟が笑みを見せます。


「公方様の御威光に恐れをなしたのであろう。越前の海の幸をご馳走せねばならぬ。それと春齢様もおられるのであろう?」


「はい。商家の娘に(ふん)してはおりますが。あれは間違いなく春齢様でございまする」


「朝廷も上杉を無視できぬと見える」


 弟が言うと重臣の方々も笑みを見せます。上杉家は朝廷、将軍家より頼りにされています。帝の娘たる春齢女王様が来られるとは。おもてなしにも気合いが入るというものです。

越後の御菓子に絹の打掛けを用意致しましょう。お金はここぞという時に使わねばなりません。上杉家が虎福丸殿の覚えめでたければ、朝廷、将軍家との関係もぐっと良くなろうというものです。









永禄四年(1561年) 七月 奥羽 米沢城 片倉(かたくら)喜多(きた)


「伊勢虎福丸殿、春日山に入られたそうでございます」


 中野(なかの)常陸(ひたち)(のすけ)(さま)が殿に申し上げました。殿は顔を綻ばせます。


「フフフ。(つい)に三好も終わりよ。義輝様の世が来る」


 久保姫様が私に笑みを見せられます。絶世の美少女と呼ばれた久保姫様も四十歳になられました。殿の御正室であられます。私も笑みで返します。


「総次郎よ、父の代わりに義輝様にお会いしたいと思わぬか」


「はっ、それがしの名は義輝様から取られたもの。どのような御方なのか、お会いしとうございます」


 総次郎様がはきはきと答えられます。総次郎輝宗様は殿の御嫡子。奥州伊達家を次を担われる御方です。御年十八歳。家中の方々も総次郎様は器量良しと褒めたたえておられます。


「うむ。間に合うかは分からぬが、そのほう喜多とともに春日山に出向くが良い」


「春日山へ、でございますか」


 総次郎様の目が見開かれます。


「伊勢殿とは親しくしたい。総次郎よ、足利家は大恩ある家である。伊達は義輝公をお支えする。蘆名も相馬にもそのこと見せつけてやるのよ」


「虎福丸殿と一緒に京へ?」


「うむ。父はこの戦、上杉が勝つと見る。虎福丸殿が春日山に辿り着いたことで三好の負けは決まったのだ。虎福丸殿こそは麒麟児である。上杉の邪魔はこの伊達左京大夫がさせぬ」


「勝ち戦に乗るのでございますね?」


 久保姫様が上目遣いで殿に聞かれます。殿が頷かれます。


「うむ。義輝様の新しき幕府に伊達も加わるべきじゃ。上杉だけにおいしい思いをさせるわけにはいかぬ」


 殿のお言葉に皆が頷きます。時代が変わろうとしている。三好の世から上杉の世に。その筋書きを描いているのが虎福丸殿なのでしょうね。一体どのような御方なのかしら?


「この総次郎輝宗、是が非にでも虎福丸殿にお会いしとうございまする」


 総次郎様の声が部屋に響き渡る。殿が満足そうに頷かれた。










永禄四年(1561年) 七月 越後春日山城 伊勢虎福丸


 大広間に通されると上杉家臣たちが勢揃いしている。奥にいるのが上杉弾正少弼政虎だろう。小田原城攻めで三月に会ってからだから四ヶ月か。髭を蓄えたダンディな容姿だが、まだ若いだろう。重臣たちは小田原で会った人間が何人かいる。。


 俺の背後には五人の家臣がいる。安藤伊賀守と会った時に連れて行った五人だ。皆、命がけで俺を守ってくれている。俺は政虎に席を譲られる。上座に座れ、ということか。


「虎福丸殿、上座に」


 政虎が声を上げた。俺は立ちあがる。そういえば、武田が美濃に攻め込んだ。大将は武田太郎義信、信玄の嫡男だ。山本勘助、飯富兵部虎昌ら重臣が脇を固めている。東美濃はパニック状態だろうな。織田と武田の挟撃。斎藤は苦しいことになるだろう。


 俺は上座に着く。


「遠路お疲れ様でございました」


「何の。道中楽しく参れました。朝倉左衛門督様にも歓待していただけましたし。弾正少弼様の春日山城でもこのように歓待され、この虎福丸、嬉しゅうございまする」


 政虎が複雑な顔になった。俺を取り込もうというのに朝倉義景と浅井新九郎が余計なことをした、そう感じているのだろう。上杉も俺を取り込もうと本気だ。ということは上洛も……。


「こたびは公方様の新御所造営のために金子が必要となりまして。弾正少弼様、御所の造営費出していただけますかな?」


「もちろんでござります。上杉弾正少弼、公方様の、ひいては天下万民のためには新御所の造営は不可欠と考えておりまする。すでに金子は用意できておりまする」


 政虎が真面目な表情で言う。さて、ここまでは予定通りだ。問題はこの後だな。上洛の話を持ちかけなければならない。政虎は引き受けてくれるだろうか? 不安だな。気が重いわ。


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