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32、危うい夢

永禄四年(1561年) 四月 京 御所 伊勢虎福丸


「右衛門督は重臣たちから心配されておりまする。当主の器ではないと」


 俺は二人の姫様に向かって言う。御台所と尊性尼。モデル級の美女二人だ。尊性尼は六角右衛門督に嫁ぐことが決まっている。二人とも前関白近衛前久の妹だ。尊性尼は二十二歳か。二人とも自己主張が強いうるさ型として知られる。


「それは由々しきことね。右衛門督は斎藤の姫と縁組みしたいのでしょう?」


 御台所がジト目で聞いてくる。


「はい。どうしても斎藤治部大輔の娘と縁組みしたいと。重臣たちに説き伏せられているのですが、右衛門督は納得しておりません」


 御台が口元をきゅっと結んだ。


「右衛門督は私とも口を利くことを嫌がっておりまする。婚儀を進める公方様への反感があるのです。右衛門督様はご自分が政をなさりたいのです」


「まだ十七歳でしょう? 思い上がりも(はなは)だしい。重臣方の言葉に耳を傾けるべきです」


 尊性尼は胸を張る。そうなんだよなあ。関東の北条は当主が隠居の後見を受けることでうまく回っている。ところが六角は重臣たちがうるさ過ぎる。右衛門督も面白くないのだろう。重臣たちを抑えきれない右衛門督の父・六角承(ろっかくじょう)(てい)の責任も大きい。


「右衛門督がそのように短慮(たんりょ)の者であったとは。尊性尼。婚儀は断った方がいいわね」


 御台の言葉に尊性尼は首を振る。


「いいえ、姉上。父上、母上からも六角に嫁ぐように命じられています。私は相手がどんな方であったとしても嫁ぎます。それが乱世を治めるためならば」


 尊性尼の言葉に御台が下唇を噛む。


「私は反対よ」


「しかし、姉上」


「虎福丸」


「はっ」


 俺は御台の方に向き直った。何だ? 義輝と一緒で無理難題を言ってくるのか。


「この婚儀が行われれば、妹は六角に殺されますか」


 直球だな。六角家は内部ががたついている。尊性尼の顔が引きつっていた。尊性尼がお家騒動の巻き添えで殺されるか。有り得ることだ。右衛門督は近衛の姫を嫌っている。あの気性の激しさだ。リスクが大きすぎる。


「六角右衛門督は何をしでかすか分かりませぬ」


 俺は正直に言う。御台は無表情になった。


「義輝様に申し上げなければ。婚儀には反対だと」


 御台が立ち上がる。修羅場だな。御台が侍女たちを呼んだ。御所に行くのか。俺も同行する。放ってはおけん。













永禄四年(1561年) 四月 京 御所 伊勢虎福丸


 義輝が面食らったように俺たちを見た。義輝は女と一緒にいた。小侍従。俺をいじめている進士(しんじ)美作(みまさか)(のかみ)の娘だ。童顔で気品を漂わせている。アイドルフェイスの愛らしい娘だ。義輝がこの女にこだわるのも分かる気がする。アイドルときつめの美人の御台。どっちがいいかと言われたらマザコンの義輝のことだ。小侍従を選ぶのだろう。もう一人、義輝の側室の女がいた。公家の烏丸(からすま)の娘だろう。気が弱いのか、おどおどしている。


小侍従局(こじじゅうのつぼね)(さま)透子(とおこ)殿(どの)。ごめん下さりませ。公方様、六角右衛門督殿の婚儀について申し上げたいことがあります」


 義輝は無表情のまま、御台を見ている。


「六角右衛門督殿、家中をまとめ切れぬとのこと。虎福丸より聞きました。妹を嫁がせることに私は反対でございます」


「御台。余の政に口を出すか。近衛家も婚儀には同意しておるのだぞ」


「六角は右衛門督殿と重臣が対立しているそうでございます。そのような危ないところに妹の尊性尼を嫁がせるのは反対でございます」


「六角の家中が乱れているとは虎福丸に聞いたのか?」


「はい。聞きました」


 義輝が俺を見る。怒りはない。ただ俺を見ている。


「……虎福丸は童だ。どうせそなたが(さら)って問い詰めたのだろう。御台、そなたは政に関わるな」


 義輝がきつく言う。御台は首を振る。


「公方様は女子をどのようにお考えでしょうか。女子は政の道具ではございませぬ」


「女子を政の道具とは思っておらぬ。ただ三好の専横は許してはおけぬ。足利家が世を()べるべきだ。そのためには六角の力に頼る他ない。そのためにこの婚儀は必要なのだ」


「しかし」


「御台。そなたの妹が不幸になることはない。心配致すな。足利の家人、近衛の家人も尊性尼についてくる。尼の身に危険は及ばぬ」


 御台と義輝がお互いにお互いを見る。御台が下唇を噛んだ。


「そこまで公方様がおっしゃられるのであれば」


「うむ。引き下がってくれるか。六角右衛門督も近く上洛する。余から右衛門督に言い聞かせておく。右衛門督も余には逆らうまい」


 御台が落ち着いたのか、座る。義輝は厳しい表情を隠さない。


「虎福丸よ。ちとついて参れ」


 義輝が席を立った。俺は後をついていく。部屋の外にいた摂津糸千代丸も驚いてついてくる。


「虎福丸。糸千代丸もよく聞け。六角右衛門督は頼りにならぬ」


 義輝は冷たい顔をしていた。


「右衛門督を弟の次郎(じろう)()衛門(えもん)(よし)(さだ)にとりかえようとも思った。しかし、そんなことをすれば、家中が割れかねん。今は右衛門督でいく」


 義輝は俺の方を見た。


「虎福丸はいかが思う?」

「右衛門督様しかないかと。右衛門督様に弟に譲らせるというのは無理でございましょう」


 あの気の強い性格だ。大人しく引きずり降ろされることはないだろう。一波乱生まれること間違いがない。


「致し方なしか」


「それと御台様でございますが」


「うむ。ちとうるさ過ぎるな。小鳥の(さえず)り程度であれば許せたが」


 義輝が天を仰いだ。


「閉じ込めておくとまた騒ぐ。時には近衛の家に帰ることを許そう。それで御台の気も晴れよう」


「はっ」


「三好が終わる。新しき世が始まる」


 俺と糸千代丸は顔を見合わせる。義輝は自分に酔っている。しかし、今の状況じゃ誰も(いさ)める者がいない。俺だってこれ以上付き合いたくない。御所にいて巻き添えで殺されるのは御免だ。


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