245、菊丸様謀反
永禄七年(1564年) 三月上旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
「宗助、公家衆はどうしておる?」
俺は子供用の軽い甲冑を着込むと宗助に聞く。宗助は相変わらず表情を変えない。
「兵の数、五百ばかり。二条少将が大将と見えまする」
「何と二条様が……」
二条菊丸、十五歳。二条晴豊の甥にあたる。不満分子だがまさか挙兵するとはな。
「こちらの手勢は二千か。烏丸に四千の兵がある。まずはここに籠城しよう。動くことはならぬ」
烏丸に河村作之進の手勢がある。権之助の弟で俺の警護担当だ。
「菊丸様も何を考えているのだ」
俺は吐き捨てるとどかっと座布団に座る。窪庄九郎が黙っている。主だった家臣は古世城、八上城に詰めている。抜かったな。ここで謀反とは。
「梅姫様が狙いでしょう」
だろうな。庄九郎の言うとおりだ。菊丸の奴は伊勢家と足利家の縁を嫌った。焚きつけたのは三好家辺りだろう。梅姫が危ない。
「宗助よ、梅姫の身はどこだ?」
「小泉城に逃げるよう取り計らいました。鬼の一族が梅姫を守ります」
よし、これで梅姫が無事なら俺の勝ちだ。あとはじっと腰を据えて事に当たろう。だんだん冷静になってきた。首謀者が分らん。あとで鬼の一族に徹底的に調査させる。
「逃げることはせぬ。ここで不逞の者らを炙り出す」
俺が言い放つと庄九郎が頷いた。ここが正念場だ。
永禄七年(1564年) 三月上旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
「梅姫、よく御無事で」
背の高い姫がのっそりとこちらに歩いてくる。俺の顔を見るとニイと笑みを浮かべた。
「虎福丸殿、相変わらず元気そうで」
梅姫が腰を降ろす。俺と対面する形になる。反乱軍は吉田神社や中尾城を占拠。乱暴狼藉に及んだようだ。十河軍が小泉城に入り、二万の大軍で守りを固めている。
梅姫はよく戦った。侍女たちも槍を持って応戦したようだ。反乱軍は浪人者が主体で大きく崩れた。梅姫はその隙に小泉城に逃げ込んだ。危なかった。やはり敵の狙いは梅姫だったのだ。
「私は命を狙われています。怖い怖い」
梅姫が笑みを零す。豪胆な女だ。男よりも胆力があるかもしれん。
「姉上、すまぬ。この虎福丸、二条菊丸の動き、気が付かず」
「いいのですよ。これは脅しでしょう。私はどうなっても構いません。虎福丸殿、伊勢家と足利家。二家は結ばれないといけない。虎福丸殿、私など気にせぬように」
強い女だ。俺は梅姫を見る。目には強い光があった。そうだな。梅姫は相当な覚悟を持っている。殺させはしない。何としても守る。
「二条菊丸に与する者は鬼の一族によって捕まっている。帝も案じられていよう。姉上、ここで暮らしてもらいますぞ」
「まあ、頼もしい。虎福丸殿、婚儀まで世話になりますね。ウフフ」
梅姫には指一本触れさせん。俺は母上の部屋に梅姫を通すように命じた。母上の身は安全な古世城に移してある。梅姫も移すか。ここはちと危ない。




