243、幕府新体制
永禄七年(1564年) 二月上旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
部屋に入ると足利右馬頭義益が入ってきた。幕臣の川勝主水知氏も一緒だ。
「虎福丸、幕府の為に骨折り相済まぬな。明の商人と話したと聞いたが?」
「はっ、明の商人には牧場から馬を連れてくるように頼んであります。それと朝鮮では茶器を買おうと思っております」
「むむむ……虎福丸、いつの間に明の商人を取り込んだのだ」
義益が目を見開いた。どうだ、驚いたか。騎馬は機動部隊だ。中国の大柄な馬を連れてきている。これで敵軍を圧倒する。伊勢軍の秘密兵器だな。敦賀の商人とは昵懇の間柄だ。豊後、豊前の商人たちとも誼を通じている。
「三年前からです。足利の臣である伊勢家を妬む者は多うございます。かつて足利を共に支えた仲間たちにそう思われるのは心苦しい。伊勢家がもっと強くならねば、と明と誼を通じました」
「ふむふむ。虎福丸よ、そなたは傑物よ。幕府は摂関家の上に立つ。この天下、いかにして治めようと思っておる。これからも頼りにしよう」
「有り難き幸せ。この虎福丸、粉骨砕身幕府に尽くしまする」
俺が言うと、義益が笑みを浮かべる。幕府の運営は安定している。今までの将軍が問題児過ぎたのだろう。物足りなく感じてしまう。
「三好では駄目だ。虎福丸、そのほうを頼む。この通りじゃ。足利を支えてくれ」
義益が頭を下げた。幕府は八奉行の制度を立ち上げ、運営も軌道に乗っている。六角・畠山も幕府には遠慮がある。
かつての幕府とは違うのだ。
「大樹、大船に乗ったつもりでいて下され」
俺は義益を慰めるように声をかける。畿内は安定した。伊勢家は富み、その富を足利に分け与えつつある。
今のところは俺の思い通りに事が運んでいる。何の問題もない。
永禄七年(1564年) 二月上旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
御所から屋敷に帰ると物凄い美人がそこにいた。
「おお、虎福丸や。婆は首を長くして待っておりましたぞ」
美人が微笑む。若狭御前。若狭殿とも呼ばれるお婆様だ。と言っても三十をいくつか過ぎたばかり。祖母と言うには若すぎる。若狭武田氏の娘で現当主の従兄弟に当たる。祖父には妾が何人もいるがやはりお婆様は別格の扱いだ。お婆様が視線で誘導する。来いということだろう。俺は窪庄九郎を連れて、お婆様の屋敷の方に行く。
お婆様は女中たちに囲まれて生活している。若狭武田の娘らしく、この屋敷を仕切っているのはお婆様だ。
「大樹はご壮健でありましたか」
「はっ、ご壮健にて、剣の修行に励まれておりまする。武においては比類なき御方かと」
俺が答えると婆様は嬉しそうに頷く。
「畿内は虎福丸殿の兵で戦の気運なし。これで伊勢家の女が大樹に嫁げば御家にとってこれ程の幸いはありません」
婆様が言うと俺たちは頷く。縁組の話は進んでいる。叔母の一人を嫁がせると言うのだ。若狭武田氏の血を引いているので血統、家格において劣ることはない。
義益も乗り気だ。もう義益には子供が何人かいるが、足利家と伊勢家が結ばれることで畿内はもっと安定するだろう。
「大樹も伊勢家を求めています。縁談はまとまりましょう。応仁の大乱から八十年……これで天下も」
「まとまりましょうね。虎福丸、あなたのような孫を持てて婆は嬉しいですよ」
婆様がニッコリと笑う。そうだ。天下大乱は収束しつつある。あとは播磨の赤松が上洛すれば良い。それで西の守りは固まるのだ。




