241、八上城攻略
永禄七年(1564年) 一月上旬 丹波国 八上城 伊勢虎福丸
「ここが八上城の大書院であるか……。さすが天下の波多野の城よ」
俺が評定の間に足を踏み入れる。何とも贅沢な造りだ。美人画が飾ってある。
「これなるは羊皇后の絵か。土佐派の絵師かな。真に美しい」
俺も作兵衛も思わず見入る。羊皇后は西晋の皇帝の皇后で波乱の一生を送ったとされる。重臣たちも足を止めて見入っていた。
「うむ。波多野は滅んだ。これで八上城は我らの物よ」
主座に座ると、重臣たちも座る。新参者の酒井主水正らもニッコリと笑みを浮かべていた。
「若、波多野孫一郎殿が参っておりますが」
助五郎が言う。波多野孫一郎秀尚。波多野秀治のすぐ下の弟だ。どうせ兄の助命嘆願に来たのだろう。
「通すが良い」
ガッシリとした大男が入ってきた。顔つきは柔和で目つきは優しい。
「お初にお目通りを得まする。波多野孫一郎秀尚にございまする。兄・秀治も隠居も虎福丸様に恭順の意を表したいと考えております。何卒、寄騎お願いたく」
「なに、波多野右衛門、孫一郎の御兄弟の高名はかねがね聞いておる。こちらから迎えに行くところをわざわざ来てくれたのだ。喜んで家中に迎え入れたい。右衛門殿には虎福丸が寄騎の申し出喜んでいたと伝えて欲しい。この伊勢虎福丸。波多野右衛門殿の武勇に頼りたい、とな」
「これは勿体なきお言葉。兄は首を刎ねられるのを覚悟していたはず。……はっ、兄に虎福丸様の言葉をしかと伝えまする」
孫一郎が深く頭を下げる。あの豪傑波多野兄弟が傘下に加わるんだからな。こちらこそお礼を言いたいわ。これで伊勢家の重臣はさらに強化された。八上城は取り合えず、俺たちが占拠する。波多野家臣は俺に忠誠を誓ってもらう。
波多野家は伊勢家に併合される。伊勢家の石高は跳ね上がるだろう。
永禄七年(1564年) 一月上旬 山城国 京 伊勢虎福丸
戦後処理は終わった。酒井、長澤の両人は所領安堵。あとはこの俺虎福丸の直轄領とする。波多野秀治、秀尚兄弟の身柄は預かり、旗本として起用する。
俺が京に凱旋すると、正月に関わらず大勢の見物客が集まった。伊勢家の勢威が示せたな。求めていないに関わらず、三好家の武士や公家も参加した。
「虎福丸、大儀なり。帝もお喜びである」
馬を寄せてきたのは関白殿下だった。相変わらず身のこなしの軽い方だ。人気があるのも分かる。
「丹波の波多野は厄介な敵だった。帝への忠義は篤いが、虎福丸殿と争った。これで丹波も落ち着くでおじゃろう」
「はい。北の守りは万全にございまする。村井作兵衛繁春には波多野兄弟を与え、八上城を守らせておりまする。帝には安心してもらいたい」
「主上には嫌と言いう程そなたの誉め言葉を聞いておる。主上はそなたにこの世の戦乱を鎮めることを願っておる。かの大乱から八十年。虎福丸という英傑が出た。帝は喜んでいる」
そうか。帝が……。波多野も自滅した。次の敵は荻野だろう。波多野の旧臣たちは荻野に寄騎しているという。あと六角だ。六角とも決着をつけないといけない。
「また麿の屋敷に来るといい。ではの、虎福丸」
言いたいことを言うと風のように去っていく殿下。帝は俺に期待している、か。そうだな。この世界の信長に期待はできない。俺が三好に代わって畿内を治めるしかないか。




