240、上宿(かみじゅく)の戦い
永禄七年(1564年) 一月上旬 丹波国 貝田城 伊勢虎福丸
作兵衛が本陣にやってきた。俺は床几に腰をかける。作兵衛が渋い顔をしている。
「波多野秀治二万二千。八上城に舞い戻り、我らを迎え討つ所存」
「……もう知っておる」
俺が素っ気なく言うと作兵衛が険しい表情をする。
「相手において不足なし。決戦の場はどうなる?」
「このままだと上宿でぶつかることになろうかと」
上宿か。丁度いい。波多野を誘き出してやるとするか。
「分かった。このまま進軍するぞ。作兵衛。そなたは本陣にいろ。軍師としていて欲しい」
「御意」
作兵衛が頷いた。波多野秀治め、慌てて摂津から兵を退いたか。だが、もう遅い。波多野は四万の兵を減らし、半分にまで減っている。摂津の国人衆が逃げたのだ。今の波多野は譜代の家臣たちが中心だ。
「上宿に兵を進める! 決戦ぞ!」
俺は立ち上がると采配を振った。ここで宿敵波多野に打撃を与えてやる。二度と立ち上がれない程のな。
永禄七年(1564年) 一月上旬 丹波国 上宿 伊勢虎福丸
窪庄九郎助忠を先鋒に二陣に河村権之助、三陣に蜷川兄弟、四陣に堤三郎兵衛、その次に本陣。後方に籾井越中守、関五郎、並河掃部入道を配置した。総勢五万六千。
対する波多野秀治は広瀬豊後師国を先鋒に若武者が揃っている。二陣の酒井主水正氏吉、三陣の長澤治部大夫義遠、本陣は波多野秀治だ。総勢二万二千。遊軍に波多野宗高がいる。
「うむ。助九郎。良いぞ」
窪勢が大きく押している。俺はうんうんと頷きながら戦場に見入っていた。作兵衛もニコニコしている。
「助九郎様は槍自慢を多く抱えておりますからなあ。お、敵が崩れまするぞ」
法螺貝の音が聞こえる。広瀬勢が崩れた。
「助五郎、おるのだろう? 出て参れ」
助五郎が本陣の陣幕を割って入って来る。
「越中殿、お骨折りで酒井主水正、長澤治部大夫もこちらに内通しておりまする」
助五郎がふっと不敵な笑みを浮かべる。そう、大分前から調略は進んでいた。酒井も長澤も波多野に愛想が尽きている。新興勢力である伊勢家に乗り替えたがっていた。籾井越中守を通じていつでも裏切ると返事はあったのだ。
「合図があれば、両家とも裏切るかと」
「分かった。助五郎、合図を」
助五郎が無言で頷いた。戦場がざわつく。酒井、長澤がくるりと本陣に向きを変えている。
「勝負あったな」
波多野本陣が大慌てで退いていく。喚声が上がった。呆気ないものだ。人質を取ることによって人心は離れ、酒井も長澤も疑心暗鬼に陥った。次は自分が粛清の対象かもしれん、と。策士策に溺れる。波多野は自滅したのだ。さて八上城を手に入れるとするか。




