238、新将軍誕生
永禄六年(1563年) 十二月下旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
将軍宣下が行われた。十四代将軍の誕生だ。将軍は足利義益と名乗った。女たちの見惚れるイケメンだ。
幕臣たちが居並ぶ中、凛々(りり)しい新将軍が俺を見て目を細める。
「虎福丸、将軍宣下への骨折り真に大儀」
「真、虎福丸殿は幕臣の忠義の最たる者よ」
「虎福丸殿、足利の世をさらに栄えさせるとは、その武功、のちのちの世にまで語り継がれよう」
将軍の一言に幕臣たちが口々に誉めたてる。知らない顔ばかりだ。皆、媚びたような笑みを貼り付かせている。信用ならん連中だ。俺は腹で思っていることを口に出さず、ニッコリと笑みを浮かべる。
「おお、今の言葉は二階堂駿河守に木村小四郎であるか。ふむふむ。虎福丸よ、兄は、義輝は愚かであった。余は僧であったが、その方のことはよく存じておる。その力、足利のため、使ってくれぬか。そなたを弟のように頼りにしておるぞ」
義輝よりは癖がないな。ま、尊大な態度は義輝以上だ。
「虎福丸殿、朝廷よりこたびの将軍宣下への骨折り格別のものとお褒めの言葉を賜りました。これからも朝廷にも足利家にもよく力を尽くしてください」
春日局が穏やかな笑みを浮かべて言う。朝廷の主だった公家は説得した。皆、義輝には嫌気が差していた。義益の方が与しやすい、そう見たのだろう。
もう大晦日だ。よく間に合ったものだ。
「はっ、この虎福丸。幕府を、足利家を支える所存。懸命に奉公に励みます故」
また幕臣たちが口々に誉める。将軍もニコニコしている。呑気なものだ。俺がどれだけ公家たちに金を積んだと思っている。まあいい、これで心置きなく丹波攻めに専念できる。もう寺本半助の二万を高槻城に送った。
年明けには波多野秀治と決戦する。波多野秀治は組み伏せて麾下に加える。秀治の軍団は勇猛だ。畿内制覇には欠かせない。まあ将軍宣下で一息つける。足利家は当分盾突いてこないと考えて良いだろう。
永禄六年(1563年) 十二月下旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 北条宗光
「義兄上」
呼ぶと義兄がゆらりと現れた。虎福丸は帰ってきて寝ている。俺も眠いが、西国のことで煩わしくよく眠れない。
「ほう、助五郎よ。そなた随分と若に褒められたそうだな。物頭たちも褒めていたぞ。童かと思っていた助五郎が立派になったとな」
「童ではない。北条助五郎宗光。元服も終えている。斬り合いになっても負けるつもりはない」
「フハハ。すまぬな。また瑞穂に叱られるわ。助五郎を子供扱いするなとな」
義兄が声を上げて笑った。姉上が怒る? いつも優しい姉だ。怒ることなど滅多にない。
「朝廷も足利も伊勢家に味方した。朝廷はあの平清盛の伊勢平氏であると若を誹る声もある。今清盛とな。だが若のおかげで新しい将軍が決まった。それは誰もが認めるところよ」
義兄が滔々(とうとう)と語り出した。無口な男ではない。話すと長い。いつものことだ。
「波多野が黙っていない。摂津に兵を出す。池田や野間も寝返る。塩川もだ」
「そこまで話が進んでおるのか。俺の所にはそんな話は上がって来ぬぞ」
「義兄上、摂津の国人は波多野に靡いている。裏にいるのは六角、朝倉だ。甲賀忍びだ。摂津にはうようよいるぞ」
間が合った。義兄は鬼の一族から疎んじられている。姉を嫁にした強欲者と、長老衆は我慢ならぬのだ。愚かだ。忍び同士で争っている時ではない。
いつの間にか義兄が消えていた。俺は庭から廊下に戻る。強い気を放つ者がいた。童だ。身構える。
「助五郎か。丁度良かったわ。これは瑞穂からの文でな。波多野が摂津に攻め込むようだ。ゆっくり寝ているわけにはいかん。もう年が明けようが、すぐに丹波に向かう。供をせい」
「うん」
子供を産んだばかりだというのに姉上は早い。やはり姉はくノ一としては腕が違い過ぎる。忍びたちが姉上には従うわけよ……。




