237、新しき鬼の一族
永禄六年(1563年) 十二月下旬 山城国 京 伊勢虎福丸
寝転がりながらも書状を読む。気配がする。上から助五郎宗光が顔を覗き込んできた。
「ん……気になるかの。これは飯田因幡守殿の書状でな。栃餅を送ってくれたのだな。後で返書せねばならん」
朽木家の重臣からの書状だ。助五郎の顔に変化はない。瑞穂の可愛がっている弟なのだが愛想はない。表情筋というものをどこかに落としてきたのか。まあ、子供のころから可愛げのない奴だったが。
「ふう。読む書状がたくさんあって大変なのだ。助五郎よ。幕臣と言うのは疲れるものよな」
「御右筆に任せれば宜しい」
ぼそりと言う。顔を見ると表情は変わらない。
「因幡殿は俺を頼ってくれている。右筆では因幡殿もがっかりするだろう。これはな、心なのだ。俺は因幡殿と書をもって通じている。分かるか」
「若は俺を馬鹿にしている。姉上と同じだ」
「馬鹿になどしておらぬ。まだまだ青二才なのだ。そなたは」
「む。五歳児に言われとうない」
助五郎が眉根を寄せた。ようやく表情が変わったな。
「毛利、大友が折れた。もう義輝を支えることはないと。もはや熊王丸の天下と」
沈黙が起きた。俺は飛び起きる。
「毛利で評定があったがそうでございます。当主を始め、吉川、小早川らの重臣たちは義輝様を見放した由」
「毛利が義輝様を切り捨てた……。しかも大友もか」
「はっ。これで大勢は決した」
助五郎め、なかなかどうして良い知らせを持ってくるものだ。
俺は桜に着替えを持ってくるように頼んだ。将軍宣下は決まったな。義輝も辞職に同意するだろう。毛利元就が毛利家中を動かしている。やはりあの爺さんは切れ者だ。義輝が弱いと見て切り捨てたか。
永禄六年(1563年) 十二月下旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
「これはどうしたのですか。虎殿」
御所の廊下を早歩きで歩いていると女房に驚かれた。清原の女房だ。化粧をしているのでより一層美しさが映えるな。うん。いつまでも見ていたいわ。
「幕臣と十河家との評定を終えましてな。急ぎ二条様の屋敷へと。それから細川右京大夫様の屋敷へと」
「まあ、年の暮れに忙しいことで。風邪を召さぬように気を付けて下さいませ」
清原の女房が扇子で顔を隠して笑う。この人、外ではキャラが違うんだよな……。
廊下を抜けると玄関だ。狩野派の絵師の絵が飾ってあるが見ている暇はない。
幕臣も十河家も将軍宣下に異論はないみたいだった。トラブルメーカーだった三好筑前守の退場で一気に情勢は動いたようだ。
俺も将軍交代に同意した。十四代将軍の誕生になるだろう。
義輝も身を引くことになる。
輿に乗ると助五郎が先に乗り込んでいた。
「助五郎よ。西国のこと、助かったぞ。褒美を取らそう。そうだな。前に朽木の家臣が送ってきた栃餅でどうだ? 奥方も喜ぶだろう」
「有り難き幸せ。痛み入りまする」
しばらくは助五郎を中心とした鬼の一族に西国は探らせよう。将軍宣下は年明けを待たずに行われる。熊王丸の奴、せっかちなことだ。俺が摂津を取ったことが刺激を与えたようだな。さて京も平和になったことだし、波多野を包囲するとするか。




