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23、織田へ

永禄四年(1561年) 三月 三河岡崎城 松平元康


 真に三歳か。驚く他ないわ。俺は目の前の虎福丸を見る。武田信玄、上杉政虎、三好長慶、大名たちが一目置く童は子供にしか見えない。それでも頭の良さには舌を巻く。本願寺と織田殿がぶつかるか。考えたこともなかったわ。やはり、この童、ただ者ではない。やはりあ奴を会わせねばならぬな。


「虎福丸殿、会っていただきたい者がいるのです。私の叔父なのですが」


「蔵人佐様が会わせたい御方ですか。どうぞお通し下され」


 日向守が藤十郎を連れてきた。藤十郎は母上の弟だ。それでも俺より年下で二十二歳。負けん気が強い性格で刈谷城主の兄のところを出奔して、俺に仕えている。叔父というより、弟のような存在だ。


「水野藤十郎殿ですな?」


 虎福丸殿の目が鋭くなった。な、なぜだ? なぜ知っている! 藤十郎が水野家から逃げてきたことは京にまで伝わっているのか? 虎福丸め、恐ろしい男よ。


「よくご存知で」


 藤十郎が笑みを浮かべる。虎福丸も笑みを深くした。気が合いそうだな。食えない連中だ。藤十郎は俺よりも悪賢い。


「水野藤十郎殿の才、京にも聞こえておりますぞ」


 虎福丸が世辞のようなことを言う。藤十郎も満更ではなさそうだ。


「義輝様もですか」


「もちろんでございます」


 虎福丸が笑顔で頷く。


「義輝様もそれがしを知っていただけるとは」


 藤十郎が驚きの声を上げた。


「藤十郎様は松平(まつだいら)蔵人(くらんど)(のすけ)(さま)の家臣にして刈谷(かりや)城主(じょうしゅ)水野(みずの)下野(しもつけの)(かみ)信元(のぶもと)(さま)(おとうと)(ぎみ)に当たられる。足利は水野様も大事な家人(けにん)と思っておられます。それ故に」


「義輝様に気にかけていただけるとはありがたいことです」


 藤十郎が嬉しそうだ。義輝公が水野を知っていても不思議ではない。桶狭間の戦いで今川義元公が討たれて、織田と松平、そして水野の動きを足利は見ている。織田が美濃の斎藤を討って、上洛するかもしれない。そんな噂が流れているのだ。


「義輝様は諸大名のことは常に気にかけておられます。今川義元様亡き後、東海は織田様が中心となられました。今川氏真殿は私に何の挨拶もありませんでしたし、もはや幕府は織田様と水野様を頼る他ございません」


 織田上総介殿はすでに上洛し、義輝様に挨拶を済ませている。織田は上洛する。俺は今川を討つ。そのように上総介殿と話はついている。


「織田上総介殿に会われるのですか」


 藤十郎が聞くと、虎福丸が頷く。


「会おうと思っています。上総介様は義理の伯父。伯父上、伯母上に会うのは当然と心得ております」


「蔵人佐殿」


 藤十郎が俺を見る。好機だな。このまま藤十郎を虎福丸殿につけよう。上総介殿の上洛に虎福丸を巻き込む。松平も義輝公の覚えがめでたくなる。一石二鳥だ。場合によっては藤十郎に京に行かせるか。


「虎福丸殿。尾張のことは叔父に道案内をお任せください。清州まで案内してくれると思います」


 (いっ)瞬間(しゅんま)があった。考えているのか? 受け入れてくれると嬉しいのだが。


「藤十郎殿がよろしければ、お頼みしたい」


 虎福丸がニッコリと笑った。松平も行く先が開けてきたな。藤十郎は俺の代理だ。織田と足利が仲を深めれば、松平も東に進みやすくなる。藤十郎よ、お主を召し抱えて良かったわい。松平と足利をつなげるのだ。それがお主の役目よ。

















永禄四年(1561年) 三月 尾張清洲城 織田濃(おだのう)


「松平蔵人佐殿が伊勢虎福丸殿を岡崎城に招いたようでございますね」


 夫に声をかけると、夫が頷いた。


「能を見物したようだな。蔵人佐殿も足利の後ろ盾を欲しいのだろう」


 夫が厳しい表情になる。


「野心多き男よな。まあ、そのほうが頼もしいか」


 夫が苦笑を浮かべる。松平元康殿、夫の同盟相手です。


「上総介様も虎福丸と会われますか」


「無論だ。そなたの甥御でもあったな?」


 夫が少し笑みを浮かべました。虎福丸は妹の息子です。妹は虎福丸を溺愛(できあい)しています。妹からの文には自慢の息子と書いてありました。


「はい。妹からは自慢の息子であると文が送られてきます」


「はっはっは。そうか。(のう)の甥でもあるが、俺の甥でもある」


「義輝様も虎福丸を頼りにしてくださっているようです。伊勢の家は虎福丸の代で大きく雄飛するでしょう」


「フフフ。会いたいな。というよりも」


 夫がニヤリと笑みを浮かべます。


「できれば家臣に加えたいわ」


「家臣、でございますか。幕臣である限り、無理でございましょう。虎福丸は義輝様の知恵袋であると聞いています」


 夫は首を振ります。


「足利はもう()たぬ。近江朽木谷に逃げ、三好に連れ戻された足利にもはや諸大名が従わぬ。いずれ滅ぶであろうよ」


「滅ぶ……」


 父・道三も呆気なく、兄に討たれました。下剋上の世。足利が滅ぶことも有り得るかもしれません。


「その時に虎福丸を家臣に従える。足利ではなく、織田が世を治める。虎福丸には俺を助けてもらおう」


 夫が私を見ます。強い御方。この御方になら、上洛を成し遂げられる。そんな気がします。足利ではなく、織田が世を治める。その時は虎福丸が足利の旧臣たちをまとめるのでしょう。虎福丸が家臣に加われば、織田の領国が拡大していくでしょう。そうすれば、斎藤も伊勢も平穏に暮らせる日々が来るのかもしれません


「虎福丸殿に会うのが楽しみよ」


 夫が喜びを噛みしめて言います。虎福丸は尾張に来るでしょう。夫はそれを待ちかねているのです。私も胸が高鳴るのを止めようもありません。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 織田信長の正妻を織田濃と呼ぶのは変です。先ず、当時の女性は結婚しても氏は変わらず、××氏と父親の氏で文書には記載されました。また濃姫というのは、美濃から来た姫という意味の呼称で、濃とい…
[一言] 上総介様は義理の伯父。伯父上、伯母上に会うのは当然」 この論法と北条での同族として語った発言を合わせると今川に呼ばれなかったからと声もかけずに通り過ぎたことの真意を逆にはかられそうですね。
[気になる点] 足利義輝のことを義輝様ではなく公方様または大樹とかで言うべきでは?将軍を実名で呼ぶのはあまりに無礼がすぎませんか?
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