224、三好屋敷包囲
永禄六年(1563年) 五月下旬 山城国 京 東九条 不断光院 伊勢虎福丸
「何ッ、民部殿が襲われたと申すか」
弥七郎が頷いた。俺は不断光院の若い尼たちとカルタで戯れていたところだった。尼たちが凍り付いたように止まっていた。
「蓮月尼殿。悪いが人払いを」
蓮月尼が頷くと皆に呼びかける。静かになると弥七郎が近づいてくる。
「永滝荘で襲われた由。襲った若い男は鷹司忍びで捕えました。祖父が殺された恨みを晴らさんとしたと言っておるようですが、石井民部殿、身に覚えがなく首を傾げていると」
「裏にいるのは三好筑前か」
「おそらくは」
沈黙があった。三好筑前たちのやりそうなことだ。もう父親の言うことも聞かない感じだな。三好長慶も芥川山に籠って出てこない。これはもう限界だ。
実は三好家内部で不穏な動きがある。三好が九条家の荘園を狙ったことで松永久秀、内藤宗勝といった連中が筑前に不信感を持ったようだ。
摂津・河内・和泉の国人衆からも密書が届くようになった。三好筑前の様子がおかしい。ついていけんという話だ。
俺もそう思う。筑前は焦っている。鷹司忠明の登場で公家たちが伊勢家寄りになった。波多野もかつての力がない。六角・畠山家とも敵対関係にある。
虎福丸は危険だと思ったのだろう。このまま九条家の権益まで取られては、と焦ったのだ。
「弥七郎、屋敷に帰るぞ。戦支度よ」
弥七郎が大きく目を見開いた。
「三好筑前守の屋敷を取り囲む。奴には隠居してもらうぞ」
弥七郎がこくりと頷いた。もう我慢ならん。筑前の身柄は抑える。史実通り三好の当主には三好義継になってもらおう。
永禄六年(1563年) 五月下旬 山城国 京 三好義長の屋敷周辺 伊勢虎福丸
本陣に一人の男が入ってきた。三好日向守長逸だ。伊勢軍四万、そして三好軍三万五千が三好筑前の屋敷を取り囲んだ。
三好家臣たちも筑前に対する不満があったのだろう。石井民部襲撃は筑前の手引きによるものと噂も流れ、筑前は隠居を受け入れた。
「筑前殿は隠居すること承知された。これにて兵を退いてもらいたい」
日向守が淡々(たんたん)と言う。まあこれだけの大軍に囲まれたのだ。さしもの日向守も観念したのだろう。
武将たちは一言も発しない。
「ふむ。承知仕った。兵は退きまする。九条家のことには口出し無用に」
「分かり申した」
日向守が頷いた。新しい当主は熊王丸がなる。死んだ十河讃岐守の倅だ。母親が九条家の姫なので九条家当主の孫に当たる。筑前には静かにしてもらおう。これで九条家への妨害はなくなるはずだ。




