222、九条の跡継(あとつ)ぎ
永禄六年(1563年) 四月下旬 山城国 京 伏見荘 伊勢虎福丸
「伏見忍びとな……」
誠一郎が頷いた。伏見忍び、そんなの聞いたことないぞ。
「はっ、伏見荘を守っているようでして、我らと組みたいと言われました」
味方が増えるのは良いことだ。ただ信用できるかどうかは別問題だ。伏見忍びが三好と通じているとも限らん。
三好と六角の戦は決着がつきそうだった。六角の負けだ。六角は忍びを京から引き上げさせた。
三好筑前たちが粘り勝ちをした。京が落ちなかったのだ。俺の筑前への助言が功を奏したのかもしれん。
京の争乱は終わり、動こうとしていた畠山はじっとしている。安見宗房もだ。
朝廷は平和になったことで喜んでいるようだ。公家たちは戦乱を嫌う。後醍醐帝のような野心家も宮中にいない。
京では噂が流れている。三好家の京での戦いを助言したのは伊勢虎福丸だと。鷹司家を作った虎福丸こそ、頼りになる男だと。
評判がいいのは嬉しいがちょっとやり過ぎだな。話を盛り過ぎだ。
それでも動かないわけにはいかない。次の手を打っている。九条家という家がある。五摂家の一つだが、問題がある。当主には子供がいないのだ。このままでは断絶だ。
九条家当主には養子の話を持ちかけた。摂津一族の三春という子供がいる。摂津も元をただせば、藤原一門だ。血筋においては充分だ。摂津氏は九条家に仕えてきたこともあって縁がないわけじゃない。俺は七歳の三春に九条家を継がせることにする。
九条もいろいろあった。当主の父・九条尚経は謀略を巡らし、執事を暗殺した。これによって帝の怒りを買って朝廷を追われた。九条家は内部で揉め、戦まで起きたという。息子の行空は出家するが、執事との確執は消えていない。また近衛、二条、中御門といった家も九条家を嫌っている。
ここに突然三春を送るわけじゃない。俺が後見人として乗り込むことになっている。九条家の争いを鎮め、少しでも味方を増やす。九条家を味方につけるメリットは計り知れない。
九条を三春と俺とで立て直す。その覚悟だ。
鷹司忠明は早速蔵人所で良い仕事をしている。朝廷で仕事をしている後宮女房達にボーナスをつけることを提案したという。女房達は喜んでいるようだ。朝廷に伊勢家の献金があるし、諸大名の献金も多くある。財務状況にも余裕が出てきたのだ。
ここに若手の公家で勧修寺晴豊が乗ってきた。二人で酒造業や果樹園の建設を計画しているという。これで朝廷の収入はグッと増えるはずだ。
朝廷の財務状況の改善、公家の数を増やす。矢継ぎ早に決まっていく。いいことだ。
永禄六年(1563年) 四月下旬 山城国 京 伏見荘 伊勢虎福丸
「虎福丸殿、このたびは戦への佳言、ありがとうございまする」
三好筑前守が頭を下げる。天下人自らが俺が仮住まいをしている屋敷に来るとはな。驚いたよ。
「何の。よくぞ京を守られた。今、市中では今義経と筑前殿を誉めそやしておりまするぞ。ホホホ」
本当のことだ。三好筑前は男を上げた。俺は社交辞令を言ったつもりはない。筑前は嬉しそうに笑みを見せた。まだ若いな。青二才だ。
俺が三好を潰すという発想もないようだ。
三好筑前は脅威だ。戦には天性のモノがある。義輝を追放した手際も見事だった。
「六角というのは手強い。あれは滅ぼしても伊賀に逃げてしまいますからな」
「左様。滅ぼすのには根気がいりまする。相手にしない方が良い」
思わず声を上げて笑う。筑前も笑う。お互いに笑った。腹の探り合いだ。次が本題かな?
「九条家の家督のことですが、養子というのは気が早いでしょう。三好家から養子を望まれておりますし」
筑前がニコニコ笑っている。やはり九条家か。
「九条は油断ならぬ家。虎福丸殿の身に何かあってはいけませぬ」
筑前が真顔になる。脅しか。俺は殺されんぞ。
「何の。家中は抑えて見せまする。心配無用にございます」
俺が自信満々(じしんまんまん)に言うと筑前は黙った。俺がゴマすりするとでも思ったか? 三好だろうが六角だろうが口出しは許さん。九条家は俺のモノだ。
「左様でしたか。これは杞憂でしたかな。ハハハ……」
筑前が笑ったが、元気がない。三好は手を引いた。ここからは俺の好きにさせてもらおう。




