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22、三河の若獅子(わかじし)

永禄四年(1561年) 三月 三河岡崎城 城下 宿 伊勢虎福丸


「松平様が私に会いたい、と?」


「はい」


 石川(いしかわ)日向(ひゅうが)守家(のかみいえ)(なり)が頷いた。石川数正の叔父さんだ。松平(まつだいら)蔵人(くらんどの)佐元(すけもと)(やす)の側近の一人でもある。小田原から帰ってきて、三淵弾左衛門は先に京に帰った。俺は伯母上に会わなくてはならんからな。母上の姉君に当たる信長の正室・濃姫が俺の伯母だ。織田には斎藤の縁者もいる。織田との人脈づくりを進めておかないとな。上杉政虎が上洛に成功しても失敗しても尾張一国を統治する織田家とは良好な関係を築きたい。


 それでもまさか松平家から接触してくるとはね。俺も有名人になったもんだ。松平家は三河を制圧するために兵を動かしており、東の今川家を攻める構えを見せている。今川氏真は国人衆に使者を飛ばしているが、劣勢は明らかだった。


「主・松平蔵人佐元康は義輝様のことをお慕い申しております。ぜひ会っていただけないでしょうか」


 松平元康、さすがに機敏だな。俺がキーパーソンだと見抜いてくるとは。いいだろう。会ってやろう。目的は分かる。幕府への人脈作りだ。義輝は実力がないが、地方の大名にとって足利に認められるほど、嬉しいこともないからな。東北の伊達、最上から南は九州の島津に至るまで、足利の名は(とどろ)いている。


「私のような童で良ければ」


「ありがとうございまする。我が主も喜びまする」


 日向守が白い歯を見せる。この男、信用できんな。目が笑ってはいない。












永禄四年(1561年) 三月 三河岡崎城 伊勢虎福丸


 笛の音が響いた。能舞台が佳境だ。題目は『義経』。場面は後白河(ごしらかわ)法皇(ほうおう)が義経を呼んでおだてるシーンに入っていた。


「いかがでございますか。静御前は」


「お美しい。天女のようにござる」


 隣に座るのは松平元康。鼻筋の通った美男子だ。アイドルみたいだな。野性味のある上杉政虎と違って気品のある良家の御曹司といった感じだ。


「フフフ。喜んでいただけて重畳(ちょうじょう)にござる」


 元康がニコニコと笑みを浮かべる。こいつ、俺を取り込むつもりだな。正気か? 俺は三歳の童子だぞ。取り込んでどうする? まあ、義輝のお気に入りが俺であることは否定しないが。


 能が一段落した。俺たちは部屋に戻る。休憩だ。これから

義経自刃だ。悲しくなるな。俺も義経は好きだ。人間臭いし、情にまみれている。日本人受けするヒーローだよな。


「義輝様は上杉殿を上洛させ、天下を治めるおつもりなのでしょうか」


 元康が聞いてくる。心配そうだ。まあ、義輝も政虎もあまり頼りにならないからな。北条攻めも難航している。


「そうであると思いまする。しかし」


「しかし?」


「三好とて大軍を率いておりまする。上杉様の天下とは容易にならぬでしょう」


「天下は乱れる……」


「はい。上杉と三好が争う中、織田様が天下の趨勢(すうせい)を決めることもございましょう」


「織田上総介殿のことは兄のように慕っておる。織田殿も上洛し、義輝様をお支えしたいと言っていた。織田殿が京に」


「織田様が上洛すれば、諸大名は織田殿を認めぬでしょう。出雲の尼子、丹波(たんば)の波多野、伊勢の北畠、大和の松永……。織田殿はすべての敵と戦うことになります」


「むぅ」


 元康が唸り声を上げた。覚えがあるだろう。三河には一向宗が根を張っている。織田が本願寺と対立すれば、三河で暴発しかねない。上洛は本願寺との対決と紙一重なのだ。元康が苦しそうな顔になる。それは上杉が上洛しても同じだろう。本願寺と上杉はぶつかる。


「虎福丸殿、御教授ありがとうございます」


 元康が頭を下げてきた。三歳の童に大名が頭を下げるとは滑稽だな。でも、元康が一向一揆の危険性に気づいたからこれから一向一揆対策を始めるだろう。そうなると、今川の滅亡も早まるかな。そうなると同盟相手の信長の力が増す。俺としては三好を支えるつもりはない。もう家中は持たないだろう。織田か、上杉。いずれに乗り換えるか。まあ明日は尾張に出発だ。寝床でゆっくり考えるか。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この時点の元康に本願寺を敵に回しかねない動きができるかな。 三河一国ほぼ制圧し遠江にも食指を伸ばしていたころの家康さえ棄教などほとんどの家臣にさせれなかったんだが翻意を促すことができる…
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