216、猛将への助言
永禄六年(1563年) 四月上旬 山城国 京 伊勢虎福丸
「松殿家でおじゃりまするか」
豊良が驚いて口を開けている。松殿家、かつて松殿家豊が当主をしていた摂家だ。これも復活させる。
「そうだ。左少将殿、松殿家も復活させる。孝仁親王が当主になる。帝を支える家となろう」
孝仁というのは去年生まれたばかりの帝の第二皇子だ。もう帝には関白を通して話はつけている。松殿への臣籍降下は朝廷も望んでいることだ。帝の地位を盤石にし、次代につなぐ。
「松殿家を孝仁殿下が……。虎福丸殿、あなたは恐ろしい御方だ」
豊良がしげしげとこちらを見る。これくらいで驚いてもらっては困る。
帝を固める一門衆を増やす。そこに広大な屋敷を与え、サロンができる。これにつられて商人、町人も教養が高まっていく。
もちろん利益を得るのは伊勢家だ。足利や三好ではない。これからは俺の時代だ。好きにやらせてもらう。
松殿家創設はそのための布石だ。朝廷の大半は俺の味方だろう。関白も二条家を取り込んだ。丹波だけではなく、京も伊勢家が制したのだ。
永禄六年(1563年) 四月上旬 山城国 京 伊勢虎福丸
焙じ茶をゆっくりと飲む。相手は渋い顔をしている。
「とにかく迷惑至極にござる」
お茶を吹き出しそうになった。相手は毛利家きっての猛将・吉川元春だ。毛利家の使者としてこの屋敷にやってきた。
「義輝様はそれ程ひどいのですか」
「ひどい。もう御守りもしてられん。毛利は三好とは事を構えたくない。浦上も油断ならぬのだ」
なるほどね。毛利は決して三好との仲をこじれさせたくない。そこで困って俺の所にやってきたというわけか。
「ならば義輝様を四国か九州に追い払ってしまいなされ」
吉川元春の顔が強張った。さすがに将軍相手にそこまで言うとは、という感じか。
「それは……」
「できぬのなら、程々(ほどほど)に付き合いなされ。それがしが三好筑前には毛利家と戦わぬように釘を刺しておきまする」
「忝い。恩に着る」
吉川元春が頭を下げる。不満を聞いてもらってスッキリしたようだ。晴れやかな顔をしていた。さて、三好筑前守の本陣に出向くかね。毛利からはたくさんお土産をもらったからな。動かないわけにはいかんのだ。




