215、小畠越前守(こばたけえちぜんのかみ)降伏
永禄六年(1563年) 四月上旬 山城国 京 伊勢虎福丸
「小畠越前守にございまする」
壮年の男が頭を下げる。小畠越前守国明だ。船井郡では有力な国人衆で厄介な相手だったが、旗色が変わったと見るや降伏してきた。
「遠路大儀である。越前守殿の寄騎嬉しく思いますぞ」
俺はにこやかに対応する。越前守がわずかに笑みを見せた。歴戦の猛者も俺を前に緊張しているようだ。
人質の解放で国人衆たちは俺に接近してきた。もう波多野は滅ぶかもしれない。そんな勢いだ。
小畠越前守が帰っていく。俺は再び書状に目を落とした。宇喜多直家からの書状だ。
「大友・毛利・尼子の大同盟が成ったか」
義輝の働きかけで反三好包囲網ができつつある。そこに伊予の河野も加わるという。宇喜多家も誘われてどうするかは困っているらしい。
「ふむ……」
西国は義輝を中心に再編されるだろう。毛利を頼ったとはいえ、義輝の母は近衛家という貴種だ。西国の大名たちは無視できない。
俺はその間に京と丹波を固める。重要なのは二条家だ。祁答院豊良を中心に親伊勢派の公家を養成している。
豊良は俺に好意的だ。公家には虎福丸殿の力が必要と言って回っているらしい。
三好では不安だ。公家たちはそう思っているようだ。六角の挙兵も公家たちの不安を呼んでいる。
今までは北に波多野がいてガッチリ固めていた。今はそういうこともできなくなっている。伊勢家がいるからだ。三好よりも伊勢家だという声もちらほら聞こえてくる。
気が付くと周りには誰もいなくなっている。俺は一人で思案に耽ることにした。
永禄六年(1563年) 四月上旬 山城国 京 伊勢虎福丸
祁答院豊良が案内してくれたのは祁答院家の書斎だった。かつては鷹司家が使っていた屋敷を買い取って豊良に与えた。鷹司家はとっくに断絶した公家の家だ。
「虎福丸殿、家を立ててくれてありがとうおじゃります。このままでは麿は一生日の目を見ることはなかったでしょう」
「何を申される。豊良殿は稀代の才をお持ちだ。それを存分に生かされよ」
豊良は和歌、蹴鞠、古典学と多彩な才能を持っている。若手の公家でも有望株だ。伊勢家にとって利益を生む人間だ。
「虎福丸殿、忝いでおじゃる」
豊良が嬉しそうにしている。ようやく活躍の場を得られたのだ。羽を伸ばして欲しい。祁答院家の家人たちは早速酒造業や農業を始めている。祁答院家は豊かになるだろう。これからは伊勢家と祁答院家で相互に利益を生むことができる。




