210、黒田城降伏
永禄六年 (1563年) 一月下旬 丹波国 園部 伊勢虎福丸
「ふむ。良きことなり」
籾井家からの貢物が届いた。銭もある。籾井越中守、八田彦十郎光員、西尾小藤太、弓削式部丞らは俺に心を寄せているようだ。籾井と言えば丹波の青鬼という猛将だ。
黒田城の森越前らは籠っているが時間の問題だ。籾井が裏切れば、波多野は窮地に陥る。横山城の者たちも降るかもしれない。
船阪城の者たちはこちらに寝返った。もう終わりだ。これで篠山街道は塞いだ。篠山盆地の籾井も裏切りつつある。
「若、三好より使いが」
寺本半助がやってきた。またか。まあいい。会ってやろう。
「虎福丸殿、久しいの」
三好日向守長逸、三好家の大物だ。そうだな。二人で会うのは久しぶりだ。
「波多野右衛門が騒いでおるのだ。公家衆も迷惑がっている。もう勝負は決した。虎福丸殿、積み荷を波多野領に入れてやって欲しい。これはな、松永弾正も岩成主税助も三好家中は皆申しておる」
「ではそれがしからも波多野に言いたいことがありまする。波多野は国人衆の人質を取って城下町に住まわせておりまする。人質を国人衆に返してください」
「む」
日向守が渋い顔になった。この要求は呑んでもらうぞ。国人衆は丸ごと伊勢家に従ってもらう。
「……分かり申した。右衛門にはそのように伝えましょう。ところで虎福丸殿」
日向守が声を潜める。
「義輝様は京に帰りたがっている。このこと、虎福丸殿ならよくよくご承知のことと思うが」
ああ、よく知っているさ。義輝は俺に味方するように迫ってきた。俺は波多野と三好に挟まれ、身動きが取れないと返事しておいた。毛利・大友・尼子の間で和議が成立する可能性が強まった。
浦上宗景や赤松もこれに加わるという。三好の旗色が悪い。また京から逃げ出すかもしれない。
その時は足利につくか、三好につくか。どうするかな。
永禄六年 (1563年) 一月下旬 丹波国 園部 伊勢虎福丸
白髪頭の男が頭を下げた。森越前守、黒田城主がついに軍門に降った。
「人質を取り返してもらい、ありがとうございまする」
森越前守が晴れやかな顔をしている。重荷から解放されたようだ。
「真に虎福丸様は仁政を行っている。この森越前守、早く寄騎したいと思っておりました。倅も娘たちも虎福丸様には命を助けてもらい、何とお礼を言ってよいかと言っておりまする」
「そうか。礼をするに及ばずと伝えよ。伊勢家中として仲良くやっていけば良い」
森越前守が平伏する。目には涙を浮かべている。俺も黒田城を攻め滅ぼしたくはなかった。降伏してくれて良かったわ。これで街道の確保は完璧だ。物流は伊勢家がコントロールする。波多野の思う通りにはさせんよ。




