207、銭の海
永禄六年 (1563年) 一月中旬 丹波国 園部 伊勢虎福丸
「ふむぅ。半助よ。諸国の大名も大したものよな」
俺は蔵にある銭を眺める。諸国の大名、国人衆、海賊衆、寺社、神社、さらには商人に至るまで一斉に銭を送ってきた。もうこれだけで優に十年ほど楽に領国経営できる程の金額だ。二十五億円が一気に儲かったのだ。八木城を制し、半田城を落としたことが評価された。三河の戦乱も収めた。
その分、出費も多かったがな。これが天下に覇を唱えるということなのだ。
「これも若の徳のなせる業でしょう。皆、若と仲良くしたいのですよ」
寺本半助頼長が苦笑いを浮かべている。もはや幕府の執政にある立場ではない。三好、六角にとって脅威になる存在になったのだ。それが嬉しくもあり、怖くもある。三好と六角が手を組む。そういうことも有りうるのだ。
油断してはならない。
「徳か。ただ天下から高転びということもある。まずは波多野を抑える。半助よ、京でのことだが」
「三好筑前らが六角を負かしました」
「まさか安芸守殿が負けるとはな」
正直驚いた。六角の永原安芸守が三好筑前に負けた。筑前は俺が思ったよりも強いらしい。安芸守は命からがら逃げ延びたという。緒戦は三好の勝利だ。筑前が男を見せた。
京での戦線は膠着した。俺はその間に上木崎城を攻めようと思う。波多野は追い詰められている。
「半助、評定を開くぞ」
半助が頷く。半助は重臣の息子だ。財務に長けている。蔵の管理は半助に任せている。こういうのは適材適所だ。伊勢家の人材は活用する。遊ばせておくのは勿体ない。
永禄六年 (1563年) 一月中旬 京 勧修寺晴秀の屋敷 勧修寺晴秀
「これは関白殿下」
客間に覇気の漲った不敵な男がいる。関白殿下だ。近衛前嗣。公家たちの中でも抜きん出た傑物よ。
「挨拶は良い。亜相。虎福丸のこと、どう思う?」
「どう思うと言われましても、その才、武士にしておくのは勿体なく思いまする」
「麿もそう思うでおじゃ。あの波多野ですら怯えている有り様でおじゃる。あの武は真似できまい。かの上杉弾正少弼であっても虎福丸には負けよう」
「……そこまでの武でおじゃりましょうか」
息子のような年の関白をジッと見る。関白が笑みを浮かべた。
「足利よりも余程頼りなるでおじゃ。諸国より銭を集め、天下にその名を知らしめる。正月を迎えただけで金持ちになる。誰もが思おう。伊勢虎福丸には天下人の器が備わっていると」
言葉をなくす。そうだ。虎福丸は恐ろしい力を手に入れた。その力をどう使うのか。京も堺の商人たちも虎福丸を見ている。その動きをじっくりと見る。
虎福丸が波多野を喰えば、その力は増す。朝廷は伊勢家につけば良いとさえ思う。伊勢家に守ってもらえば公家として家を残せて安泰だろう。
「虎福丸に伝えてもらえませぬか。近衛家は虎福丸殿を助けえる。いつでも力になると」
思わず頷いていた。あの五歳の童を皆が頼る。仕方ない。これも何かの縁。虎福丸に賭けてみようという気になる。あの童なら何か変えてくれるかもしれない。あの童であれば……。




