表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

202/248

202、離間(りかん)の計

永禄六年 (1563年) 一月上旬 丹波(たんば)(のくに) 園部の屋敷 蜷川(にながわ)(さだ)(ちか)


 縁側に腰かける。それにしても冷える。外には出たくない。


「桜よ、若の具合はどうじゃ」


 桜が庭に(ひざ)を着いている。幼い頃より忍びとして厳しく育てられた女だ。誰にでも優しい気立ての良い女でもある。若のお気に入りのくノ一でもあった。


「芳しくありませぬ。すぐに眠くなると仰せで」


「若……そんな……」


 いてもたってもいられなくなる。ただ童が熱が出ただけだ。だが虎福丸様は神童だ。そこらの童とは違うのだ。薬師(くすし)たちに病が(うつ)ると遠ざけられた。今は奥方様が側で見守っているという。


「まあ大村城も落ちそうなのだ。伊勢家としてはそれで良しとするか」


 園部から四万の兵が出陣し、大村城を攻めている。私は留守居役だ。屋敷の周りは静かになっている。


 こういう時は派手に軍を動かす。若が倒れたことが悟られるとまずい。三郎(さぶろう)兵衛(びょうえ)殿(どの)も権之助殿もそう言っていた。


 若が目を覚ましてから一日が()とうとしている。若の使っていた忍びたちが園部に忍びの里を作りたいと言ってきた。伊勢忍びと今川忍び。数は千を越えている。どんどん子供も増えてその童たちも忍びだ。恐ろしいわ。若はどこまで先を見通しているのか。やはり恐るべき御方(おかた)よ。


 それだけではない。若は波多野家中の不和も上手に利用している。波多野の南西に酒井という家がある。国人衆にしては大きな家で大名と言ってもいい。関東の武士の末裔(まつえい)で名族だ。若はこの酒井の不満を見抜き、酒井と波多野の間を引き裂こうとしている。波多野は困ったことになるだろう。


 立ち上がる。桜がジッとこちらを見る。いつもはニコニコしているが、時々(ときどきす)に戻る。驚くほど冷たい顔をする。若の命ならば平気で人も殺すだろう。恐ろしや。


「若の所に行く」


 もう我慢できぬ。機嫌伺(きげんうかが)いよ。何としても元気になってもらわなければならぬ。










永禄六年 (1563年) 一月上旬 丹波(たんば)(のくに) 園部の屋敷 蜷川貞周


「でね、笑っちゃうでしょ。鬼かと思ったら(ろう)()だったってわけ」


「アハハ。(かす)()(さま)らしい」


 私が行くと女が一人、若と楽しそうに話していた。


「もう、笑い事じゃないってば。本当に怖かったんだからね!」


「良かったですなあ。取って食われなくて。ぷっ、ククク」


 若が笑っている。珍しい事よ。こう見ると童に見える。いつもは化け物にしか見えんが。


「早く元気になってね。虎福丸ってば」


 うっとりした目になる女。いかん。これは若に惚れているな。そうだな。あれは殿が若かった頃、それはもう女子(おなご)が放っておかなかった。乗馬に蹴鞠(けまり)、和歌。何より顔立ちが良い。やはり殿の子なのだ。若は。


「む。どうしたのだ。丹後よ。こほっ。大村城の田中(たなか)河内(かわち)(のかみ)は降伏したか? 降伏したら帝への貢物(みつぎもの)を届けさせる。決して殺すな。河内守はこの辺りの武士のまとめ役だ。生かして使う。伊勢家にとって役に立つ男よ」


「い、いえまだ。それよりも若。桜が申しておりましたぞ。若は一刻(いっこく)を争う重病であると!」


「ああ、それは嘘だ。重臣であるそなたらにも嘘を言うように桜には言い含めておいた。どうだ。俺は狸だぞ。ポンポコリン!」


「ええい、ふざけている時ではござらぬ! 何故(なにゆえ)留守居役(るすいやく)たるそれがしを(たばか)られまするか!」


「……分からぬか。波多野と酒井の仲たがいを狙っておるのよ。俺が病ならば敵は内に敵を求める。俺は病なのだ。不治の病でな。誰も会えん。明日を知れぬ病弱の(わか)(ぎみ)というわけよ」


「……」


 言葉が出てこない。何なのだ、この童は。や、やはり人ではないのではないか。こ、怖い。


「キャー、虎福丸ってば格好いい。よっ、日本一の腹黒童子。ウフフ」


(かす)()(さま)、見ていてください。波多野孫四郎などあっという間に(ほろ)ぼしてしまいまする」


 日本一の(はら)黒童子(ぐろどうじ)……それは褒めているのか。ただとんでもない御方(おかた)に仕えてしまったものだ。まあおかげで毎日退屈はせぬが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ