201、天下の名医
永禄六年 (1563年) 一月上旬 丹波国 園部の屋敷 伊勢虎福丸
荒木山城守の使っていた園部の屋敷に入った。現代じゃ園部高校の辺りだな。
広大な屋敷だ。庭もある。山上では不便だからこの屋敷を使っていたのだろう。
雪がちらついている。寒くなってきた。
「けほっ」
いかんな。咳が出てきた。風邪を引いたのかもしれん。緊張の糸が解けたか。
「若、お休みになられては如何ですか」
権之助が心配そうに言う。三郎兵衛、丹後、作兵衛も心配そうだ。まだ五歳だからな。働き過ぎたのかもしれん。
「休む暇はないがな。新田開発、茶の栽培、能舞台の建設、たくさんやることがある」
「仕事は奉行衆に任されませ。ここで倒れては我らも心配でございます。そうだ。のう三郎兵衛殿」
権之助が言うと三郎兵衛が頷く。
「うむ。薬師を呼ぼう。良き薬を若に」
視界がぼやける。家臣たちの声が遠い。もう駄目だ。横になろう。
永禄六年 (1563年) 一月上旬 丹波国 園部の屋敷 伊勢虎福丸
「ん、ぐ……」
気持ち悪い。だるい。食欲もない。
「虎福丸! 良かった。目が覚めたのですね!」
目を開けると美人が俺を見下ろしていた。母上。京にいたのにわざわざこちらまで来たのか。待て。今はいつだ。
「一日寝ていたのです。薬を無理やり口から流し込みました」
白髭の老人が顔を見せる。誰だ。
「曲直瀬道三と申しまする。危ないところでした。疲れが溜まっていたものと見えまする。ゆっくりと休まれるが良い」
京の名医だな。俺は首を動かして起き上がる。母上、道三、叔母上、親族衆に重臣の主だった者たちがいる。桜たちくノ一の姿もある。
「政は滞りなく。もう手を付けておりまする」
三郎兵衛が言う。そうか。園部の地の開発は始まっている。一安心だな。
「大騒ぎでございましたぞ。帝も近衛太閤、公家衆もそれと三好、松永といった家からも虎福丸様を助けるように言われておりました」
そうか。帝にも三好長慶にも心配させてしまったか。まあまだ五歳だ。死ぬわけにはいかん。
「道三殿、相済まぬ。助かったわ。褒美は送らせてもらう」
「いやはや、虎福丸殿のような麒麟児、薬師として見れて娘に自慢できまする。いつでも頼って下され」
道三が微笑んだ。これが天下の名医か。助かったわ。
「あ、あの虎様」
「大丈夫でございますの?」
姫が二人近寄って来る。えーと誰だっけ。
「有馬の姫、雅姫と関正山入道の娘である舞姫です。この一日寝ずに看病してくれたそうですよ。お礼を言いなさい。虎福丸」
母上が言う。そうだったのか。見覚えのない美少女二人だがお礼を言わねばならんな。
「二人ともありがとう。おかげで死を免れたようだな。悪運が強いというか何と言うかよな」
二人とも顔を真っ赤にしている。あれ、俺、何か変なこと言ったかな?




