196、天下無双の若大将
永禄五年 (1562年) 六月中旬 山城国 京 伊勢虎福丸
「美濃田館より兵糧が届いておりまする」
大沢内記がやってきて言う。河村権之助の猛攻で美濃田の地が手に入った。美濃田には職人がいる。美濃田を得たことで伊勢家の産業は更に活気を帯びるだろう。
「それと小刀でございますが、兼広という名の刀でございます。美濃田の地にて作られたものと」
「ほう、有り難く受け取っておこう」
美濃田の職人たちは恭順の意を示した。おまけにいろいろと貢物をくれたようだ。もらえる物はもらっておく。職人たちも町衆も俺に擦り寄っている。
「若、若は京でも堺でも平野でも大層な評判でございまする。天下無双の若大将であると」
堤三郎兵衛が言う。三郎兵衛は俺の成長が嬉しいようだ。思えば、よくも勝てたものだ。波多野は強い。だがしぶとくもある。
「天下無双か。恥ずかしいな。いや、こそばゆくもある」
「何の。家臣も口々に申しておりまする。若は鬼才だと。まさに鬼神のごとき御方であると」
俺の畿内での評判はよくなったようだ。その分、嫉妬もある。男の嫉妬は怖い。伊勢家は頼りになる。しかし、あまり目立ちすぎると目障りだ。三好、六角はそう思っているだろう。
「死ぬかとも思った。運が良かったのかもしれん。これからも厳しい戦いになる」
波多野は本気を出してくるだろう。波多野孫四郎本人が出てくるかもしれない。その間に内政に力を入れる。そして徴兵し、訓練だ。弓矢の部隊も増やそう。忙しくなる。だが楽しくもあるな。領国経営はこうでなきゃ。
永禄五年 (1562年) 六月中旬 山城国 京 伊勢虎福丸
茶を飲んでいると誰か入ってきた。宗助だ。
「松田左衛門尉様がお見えです」
松田左衛門尉、幕府の重鎮だ。先代の頃から重きをなしてきた人物で幼少期からよく知っている。
「通せ」
宗助が頷いた。しばらくして白髪頭の男がやって来る。
「虎殿、立派になったの」
強面の男がニッコリと笑みを浮かべる。俺は笑顔を浮かべる。こいつ、平島公方家とも仲が良くて食えない男だと評判だ。義輝の逃避行にも加わっていない。
「はい。ようやく馬にも乗り、小刀も扱えるようになりました」
「まだ早い気がするがの。重畳重畳」
左衛門尉が持ってきた菓子箱を置いた。
「和泉の一品よ。虎殿、食べて下され。菓子職人の腕によりをかけて作った物でござる故」
俺は菓子箱を開く。まばゆい光があった。これは銭だ。
「松永弾正殿の連歌の会に行きましてな。虎殿とは今後とも付き合いたいと皆申しておりましたぞ。それがしもそのように思っておりまする。波多野孫四郎は悪逆の輩と聞き及びまする。虎殿が丹波を治めれば、京も戦になりますまい」
「左衛門尉殿」
「今後ともよしなに願いまするぞ。幕府も虎殿の働きに殊の外、喜んでおる」
賄賂だ。幕臣たちも俺の味方に付きたい者が大勢いるらしい。だろうな。義輝についていったのは幕臣の一部に過ぎない。三好の殿は頼りないし、六角も今一つだ。幕府も朝廷も俺を頼みにしている。丹波の船井郡の南半分は制した。幕臣たちにも銭をばらまいておこう。もう三好の世ではない。伊勢の世が来たのだ。




