184、矢田城降伏
永禄五年 (1562年) 六月上旬 丹波国 北古世 伊勢虎福丸
男たちが平伏している。釈迦牟尼仏摂津守を始めとする釈迦牟尼仏一族だ。南の矢田城の一族で降伏したら五百の手勢を率いて降伏してきた。素直で宜しい。
「摂津よ、よくぞ参陣した」
「ははっ、並河掃部入道殿より誘われまして、もはや波多野も長くないと思いました。三好も頼りなし。虎福丸様に寄騎お願いしたく」
「許そう。人質も差し出すに及ばぬ。そうだな。河村権之助のいる陣に加わるのだ」
「ははっ」
これで酒井三河守の法貴山城、釈迦牟尼仏摂津の矢田城が勢力圏に入った。もう古世城は孤立したも同然だ。
「古世城を攻める。まずは三の丸よ」
「いよいよ攻めるのですな」
岡部左門が聞いてくる。そうだ。波多野が息を吹き返しても困る。三の丸を落として関正山入道を追い詰める。それで関一族の志気を挫く。
喚声が上がった。楽な戦になるだろう。三の丸を落とした後は降伏勧告に入る。また密書を捏造して関正山入道の心を揺さぶるとしよう。
永禄五年 (1562年) 六月上旬 丹波国 古世城 関正重
合戦から帰ると妹が出迎えた。綺麗になったな。どこに嫁に出しても恥ずかしくない自慢の妹だ。
「兄上、伊勢軍は。虎福丸はどこに」
「首は取れなかった。無念よ。ただ伊勢軍には我ここにありと見せてやった。ハハハ。まあ良い。虎福丸はな。捕えて、そなたの婿にしてやろうか」
「殺すには惜しいでしょう。あれ程の才、三好・波多野にもおりますまい」
妹の目が細くなる。怖いな。肚の中で何を考えているのか、読めん。虎福丸のことを買っている。妹は虎福丸の話になるとはしゃぐのだ。
「フン、お前のお気に入りだ。殺すことはせぬ。この城は落とせぬ。我ら関一門、知略の限り、戦うぞ。それでこそ武士に生まれた甲斐があったというものよ」
妹がニコニコと笑っている。ただ目は笑っていない。この女は虎福丸だけを見ているのだ。全く虎福丸と言うのも女に好かれる。軍学に秀でた妹を惚れさせるのだからな。四歳の童とは思えん。神の生まれ変わりか、何かではあるまいか。




