183、酒井三河守参陣
永禄五年 (1562年) 六月上旬 丹波国 北古世 伊勢虎福丸
「関一族は降伏に応じぬか」
岡部左門が頷く。
「頑なでございますな。楠木一族としての意地でございましょう。正山入道も頑固者でございますから」
関正山入道は楠木正成の血を継いでいる。足利の子孫である福井氏と楠木の子孫の関氏。これらを従えれば、伊勢軍の勢威は増して、丹波の国人衆は伊勢家に靡くに違いない。
「若、酒井三河守殿、軍勢六百を連れて参られました」
俺は思わず立ち上がった。法貴山城の酒井三河守元忠は細川晴元の重臣だ。未だに動いてなかったが、ようやくこちらに合流してくれた。
「うむ。うむ。三河殿を丁重に本陣に案内せよ」
岡部左門が頷く。
すぐに甲冑をガチャガチャさせた男たちが現れた。男たちは用意された床几に座る。
「虎福丸殿、お初にお目にかかる。酒井三河守であーる。これなるは倅の孫兵衛と四郎右衛門にござる。よろしくお引き回しの程、お願いいたしまする」
三河守が頭を下げる。品の良さそうな男だ。年のころ、四十くらいか。心強い味方だ。
「三河守殿、参陣忝し」
「何の。同じ足利を支えてきた家同士。此度の虎福丸殿の戦ぶり。見事の一言と言う他ない。我ら酒井一族は虎福丸殿をお支えしますぞ」
三河守が笑顔で語る。裏表のなさそうな男だ。波多野とは大違いだな。
酒井一族の屈強な男たちが加わった。酒井軍には城の南に向かってもらおう。包囲網の完成だ。これで城方は追い詰められる。
調略は順調だ。関正休入道の重臣の二人が内応を約束してきた。これで三の丸は容易に攻略できるだろう。いい傾向だ。さて城の周りに兵を配置しよう。じわじわと圧力をかける。こういうのも楽しい作業だ。
永禄五年 (1562年) 六月上旬 山城国 勝龍寺城 ふみ
「ええい、虎福丸め。忌々(いまいま)しい」
三好日向守が一気に杯を傾ける。
「このまま京に攻め入るのではないか」
能勢源太郎頼幸が言う。松井新介も頷いているわ。
「波多野に兵を送りたいわ。されどそれもならぬ、うーむ」
三好日向守がさらに酒を注ぐ。やはり三好は虎福丸様を快く思っていないのね。くノ一として虎福丸様に伝えなくては。
「筑前殿も虎福丸のことを心配しておる。あ奴が勝手なことをするばかりか、福井因幡守まで味方した。いかん。いかんぞ。これでは天下は乱れるばかりとなる」
「虎福丸は銭儲けがうまく、塩の買い付けも始めておりまする。皆、虎福丸への不満を申しておりまする」
新介が言う。幕臣のくせに虎福丸様を誹る嫌な奴。冷たい目も気にくわないわ。
しっかし、虎福丸様ってばいい男よね。はあ、惚れ惚れしちゃう。くノ一の私が嫁になれるわけもないし。でもくノ一にも優しいのよね。あの人。
「図に乗りおって、今に見ておれ」
能勢源太郎が酒を一気に飲む。はあ。グチグチうるさい人たちね。虎福丸様のおかげで京に帰って来れたのに。ま、恩知らずたちには虎福丸様の偉大さは分からないでしょうに。取り合えず、このことは虎福丸様に伝えよっと。




