175、八木の新体制
永禄五年 (1562年) 六月上旬 丹波国 八木城 伊勢虎福丸
「これより評定を行う」
家臣たちがずらりと並ぶ。伊勢家は山城に領地を持ち、三河の松平を加えると六十万石を越える石高を手に入れた。もう大大名と言っていいだろう。新田開発に力を入れているので実質的には百二十万石はある。兵力も二万を越える兵を動かすことができる。
「波多野から逃げてくる百姓町人も多いです」
大沢内記が嬉しそうに言う。領内の民は活気に満ちている。波多野孫四郎がいかに悪政の限りを尽くしていたかが分かるというものだ。
「波多野は捨て置け。波多野よりも朽木だ。やはり六角についたままか」
「はっ、六角は朽木に貢ぎ物を送っている由。朽木も三好を嫌い昵懇の間柄となっているようでございます」
内記が真面目な顔で言う。まずいな。三好筑前守のせいで畿内の安定が乱れている。三好筑前守や三好日向守は野心家だ。幕府の権威などいらん。三好の権威を認めよというのだろうが、身分が低い。
「それと逸見や熊谷ら若狭の国人衆の使いが朽木と会っているようです。これは我らが敦賀と通じているのを絶つためではないかと」
今度は堤三郎兵衛が口を開いた。若狭の国人衆は貿易利権を握っており、朽木や朝倉とも仲が良い。ということはやはり俺への嫉妬と恐怖からだろう。伊勢家は朽木を通じ、交易で利を受けている。伊勢家だけ儲かるのは許せんし、妬ましい。国人衆たちは伊勢家を妬んでいるのだ。そうとしか思えない。
「だろうな。困ったことよ。ここは朽木を討ち、朽木谷を我らの物にしようではないか」
家臣団が息を飲むのが分かった。今度はブラフじゃない。本気だ。朽木の家臣団もほとんどが六角についているという。愚かなことだ。
「六角が出てきますぞ。朝倉も」
三郎兵衛が困ったように言う。何を弱気になっている。俺は三河で松平を助けた男だぞ。
「その時は六角も朝倉も滅ぼせばよい。伊勢家の富を奪い取るとはどういうことか教えてやろう」
家臣たちがぎょっとしたように俺を見る。俺は笑みを浮かべて見せた。もう八木城も家老ヶ岳城も手に入れた。怖いモノなしだ。常備軍の編成で六角だろうと朝倉だろうと蹴散らしてやる!
永禄五年 (1562年) 六月上旬 丹波国 八木城 城下町 伊勢虎福丸
評定で一通りのことを決めた。奉行には特産品の奨励、職人の保護、自営業者への補助金支出などを命じておいた。大沢内記たち文官には農業用の鍬の開発。百姓の負担の軽減を命じた。これで生産効率も上がるだろう。
伊勢の作った焼き物は明でよく売れているらしい。それとヨーロッパだ。スペインにポルトガル、イギリスにフランスといった国々に日本産の商品が流通している。巨額の利が俺の懐に転がり込んでくる。内記には蔵の増設を指示しておいた。中東のオスマントルコも伊勢家に興味を示している。キリスト教の宣教師がそう話してくれた。
やはり敦賀の湊が大事だ。これからは敦賀の湊の争奪戦になるだろう。
伊勢家の勢力拡大に六角も朝倉も慌てている。河内の畠山も家臣団が不穏な動きを見せているという。三好は南の畠山を警戒。動きは鈍っていた。
「お。そなたは」
「まあ、若様。茶屋に来られるなんて珍しい」
コロコロとよく笑う女だ。八木城の地下に閉じ込められた女商人だった。敦賀にもよく行くらしい。
「珍しくはないぞ。ふむ。ここの看板娘が美しくてな。つい足を運んでしまうのだ」
女が笑った。団子を注文する。
「全く若様はいつも面白いですわ。若様のおかげで商いもうまくいきますし」
「ふむ。良いぞ。どんどん稼ぐのだ。そなたら商人の後ろ盾にこの伊勢虎福丸がなろう。困ったことがあれば何でも言ってくれ」
女が大笑いをする。変わった御方だと、よく笑う。伊勢家はよく栄え、富を蓄えている。二年で伊勢家は変わったのだ。もう他の大名に口出しはさせん。俺は思うがままに振る舞う。誰にも邪魔はさせん。