170、鶴首山城攻め
永禄五年(1562年) 五月上旬 丹波国 八木城 伊勢虎福丸
「内山城を攻めあぐねているようですな」
「面目ない。矢玉が多く、城には近寄れぬのだ」
源蔵が険しい顔になる。内山城には波多野勢が籠っている。その数は数百に満たない。これが手強い。
「まあいい。源蔵殿、八木城を手に入れたのだ。ここに腰を据えて、京への道を作る」
源蔵が頷いた。随分と素直になった。八木城を落としたことで俺を認めたようだ。
「しかし、虎福丸殿。伊勢家は豊かだな。羨ましいわ」
「そう言ってくれるのは嬉しいのだが、六角などは妬んでいる。六角は若狭の逸見駿河守を誘って、波多野を唆した。公方様がいないことで皆が野心を抱く。困ったことよ」
「細川京兆家が衰えたのだ。仕方あるまい。六角は天下人を気取っておる。六角の天下にはそなたは邪魔なのであろう」
六角か。史実では当主義治が家老を斬り殺し、大大名の六角は傾いた。この世界では義治は家臣たちと上手くやれている。播磨すら手に入れた。勢いがある。義治を評価する声も家臣たちから上がっている。
強敵だな。ただ波多野の八木城を落とし、六角も困っているだろう。この後で朽木も討てば、六角も怯えるだろう。
「源蔵殿、足利の世を取り戻すのだ。丹波を香西家のモノにするのだ。足利が京にいて畿内と四国を細川が抑える。これこそ、幕府であろう」
源蔵がニヤリと笑みを浮かべた。これからはお前の時代だと持ち上げておく。香西の軍勢は使える。せいぜい波多野の動きを抑えてもらおう。
「まずは鶴首山城を落とす。源蔵殿、ゆめゆめ油断なさらぬよう」
「内山城は任されよ。大船に乗ったつもりでいるのだ」
源蔵が胸を叩く。さて、阿呆も使いようだ。これで内山城は抑えた。鶴首山城への圧力を強めよう。
永禄五年(1562年) 五月上旬 丹波国 八木城城下町 伊勢虎福丸
鶴首山の包囲が完了した。八木城のすぐ北にある城だ。京から援軍を呼び寄せたので一万五千の大軍になる。城には三千程が籠っている。女、子供、老人も籠城しているという。波多野は随分と民に好かれている。その分、他国への略奪は激しいがな。
「権之助の軍が動いたな」
戦上手の河村権之助が軍を動かした。城の北に布陣する河村軍は意気軒高だ。門に殺到する。城から矢は放ってくるが盾で弾く。
「こちらも軍勢を押し出せ」
「ははァっ、者ども、若の下知じゃーーーーっ、進め―――――――っ」
家臣の蜷川左衛門尉が采配を振る。譜代の家臣で槍の使い手だ。内政にも力を発揮してくれる。
徒武者が突撃する。弓矢が振って来る。徒武者たちは物ともしない。
「うん、良いぞ良いぞ」
「若、河村権之助殿が三の曲輪に攻め入りました」
「やるの。権之助め」
嬉しいな。権之助は伊勢家きっての名将だ。その武勇は抜きん出ている。自慢の家臣が活躍するのは素直に嬉しい。
「こちらも権之助に負けていられんっ、鉄砲隊、前へっ」
「ははっ、鉄砲隊、前へーーーーーっ」
敵の弓部隊を怯ませよう。三の曲輪から火の手が上がった。勝負あったな。鶴首山は取ったも同然だ。門に攻城兵器が突撃していく。
ドッカ――――――――――ン。割れるような音がする。門に大きな丸太がぶつかる。弓兵は出てこない。鉄砲が怖くて出てこないのだ。
「申し上げまするっ、河村軍、曲輪を落としました。次の御下知を」
騎馬武者が駆け込んできて大声を張り上げる。顔を見る。河村家の家臣だ。俺は大きく頷いた。
「ようやった。そのまま曲輪に留まれと伝えよ。本軍で東の曲輪を落とす」
「はっ」
俺は采配を振る。いい流れだ。これで勝てるだろう。内山城はあの馬鹿が抑えている。安心だ。八木城の次は鶴首山を落とす。