169、八木城攻略
永禄五年(1562年) 五月上旬 丹波国 八木城付近 伊勢虎福丸本陣 伊勢虎福丸
「帝は忠義なる波多野家との和睦をお望みでおじゃりますぞ」
勧修寺権中納言が言い聞かせるように言う。気に入らんな。朝廷が俺を脅すのか。
「お言葉なれど波多野の暴虐は帝の忠義なる臣と言えましょうか。伊勢の領地を奪ったのです。権中納言様、今の波多野は腐りきっております」
「……虎福丸殿。麿は母は伊勢家の出じゃ。身内としてそなたの身を案じておる。帝は波多野を買っておる。京を守ったのでおじゃるからな」
そうだ。勧修寺は公家だが、伊勢家の血が入っている。身内と言ってもいい。だからこそ、朝廷も勧修寺権中納言を寄越したのだろう。
「守った? 京を守るのは足利、そして伊勢家の務めにございます。波多野は世を乱すのみ。京の女たちを攫って逃げたのは波多野でございまするぞ」
「……まさか。そんな話は聞いておらぬ」
権中納言が目を丸くする。
「それだけではない。町民の家に押し入った者もいると聞きまする。おお、野蛮で汚らわしい田舎者でございますよ」
「とにかく勅命じゃ。従わねば大変なことになる」
権中納言が慌てたように言う。全く公家共も肝心な時に邪魔をする。
「では民を見捨てろと。波多野を抑えねば、朝廷に累が及びまする。もう公方様もおりませぬ。京がどうなるか。分かりませぬぞ」
「まさか。波多野はそこまでやらぬじゃろう」
権中納言が笑みを浮かべる。引きつった笑いだ。余裕がなくなったな。
「宗助、書をこれへ」
宗助が書を持ってくる。どさりと権中納言の前に置いた。
「人妻を盗むなど不埒千万の数々。波多野の悪行が記されております。これを朝廷に持ち帰って読んで下され。これでも忠義の臣と言えましょうか。これは賊だ。賊は討たねばならん」
「これは……勅命を伝えるわけにはいかぬ。分かった。勅命は京に持ち帰る。和睦の話はなしじゃ」
権中納言が血相を変えている。公家共も事態の深刻さに気付くだろう。波多野の者たちは好き勝手やっている。それは忍びに調べさせてかなりの量になっていた。いざという時に使えると思っていたが、役に立ったな。
香西のガキは内山城の抑えに置いている。張り切っているようだ。
せいぜい調子に乗らせておこう。こちらは八木城、鶴首山城を落とす。邪魔になってきたら香西のガキは殺せばいい。邪魔をしないのなら生かしておこう。
勧修寺権中納言が去った後、三郎右衛門たちがほっと息を吐いた。
「和睦はない。八木城を攻めるぞ」
家臣たちが気合いを入れて返事をする。八木城の波多野衆には寝返りを打診してきた者もいる。もう一息だ。堅城だが、緒戦で叩き潰したのが効いている。籠城衆の心は弱っていた。
陣屋の外に出た。
「いざ、出陣!」
采配を振る。騎馬が駆けていく。兵たちが動き出した。
永禄五年(1562年) 五月上旬 丹波国 八木城 伊勢虎福丸
城は呆気なく落ちた。波多野勢は殲滅せず、逃がした。甘いが、殺し尽くすと世評が悪くなる。国人衆の何人かが裏切った。波多野を見限ったのだろう。
「若、やりましたぞ」
「うむ、爺、やったぞ。権中納言様を追い返したことで波多野の志気は落ちた。逃げ道を開けたことも良かったな。ほとんど労せずに手に入れることができた」
三郎右衛門が喜んでいる。俺も嬉しいよ。八木城を落とせば、京と桐野河内はつながる。物流も便利になる。山陰を通りための重要拠点だ。
八木城を拠点に新田開発、特産品製造……うん、夢が広がるな。
「ふう」
畳に大の字になる。一ヶ月の戦だった。まだ続くのだ。ちょっとここで休もう。ふあ、まだ昼だけど眠くなってきたな……。