167、八木城の戦い
永禄五年(1562年) 四月上旬 丹波国 桐野河内 伊勢虎福丸
「波多野勢は一万に膨れ上がっているようでございます」
忍びの宗助だった。庭で膝を着き、報告する。
「退路がない。これでは我らは」
香西源蔵元近が驚きのあまり、立ち上がった。桐野河内から八木城を通って京に行く。そこを塞がれた。想定内だ。
「落ち着かれよ。逃げ道はある。密使を送る。三好家に、だ」
「三好? 頼りにならぬぞ。どうするのだ、これではみすみす討たれるだけじゃ!」
香西源蔵が俺に近寄って来る。本当に小僧っ子だな。子供だ。香西家は大丈夫か。この愚物では将来が不安だ。
「源蔵、虎福丸殿に無礼ぞ。芥川山まで使いを送れば、ここは持たぬ。虎福丸殿、もしや兵を八木城まで進めるのか」
香西道印入道がこちらを見る。目に強い光がある。さすがに長年丹波に根を張ってきた香西一族の惣領だ。肝が据わっている。
「進めまする。八木城を落とす」
香西の家臣たちが息を飲む。八木城は堅城だ。籠られると一年は軽く過ぎるだろう。波多野はこちらを甘く見ている。四歳の幼児が大将だ。軽く蹴散らせると。
籠城はしないだろう。野戦になる。それなら勝ち目がある。
「フハハハ。虎福丸殿、そなたと組んで良かったわ。八木城をいただくとしよう。この道印、お供仕る。香西の者どもよ。逃げ回るのは終わりじゃ。ここが香西の武士の意地の見せ所よ」
香西の武士たちが賛同の声を上げる。皆、生き生きとしている。
「それでは八木に出陣する。各々、抜かりなく」
伊勢・香西の双方からおうっと声が上がった。ここが勝負どころだ。俺は立ち上がる。いよいよ戦になる。
永禄五年(1562年) 四月上旬 丹波国 八木城付近 伊勢虎福丸
八千の軍が桐野河内を出陣した。まだ昼だ。これから南下する。目標は八木城。八木城まではすぐに着いた。
「ええい、話が違うではないか!」
香西源蔵が大声を上げる。癇癪か。全く耐えるということを知らん。
波多野勢は一万で八木城や鶴首山城、内山城に分散して籠った。予想外だ。野戦を挑んでくると思ったが。
「力攻めでは時がかかりまする」
三郎右衛門が言う。そうだな。三郎右衛門の言うとおりだ。城攻めをすれば援軍が来る。まだ波多野の本軍が残っている。相手にすれば、勝てるかどうか。
「宗助、鶴首山にはどれだけの兵がいる?」
「分かりませぬ。恐らく千ほどでございましょう」
俺は息を吐く。波多野も馬鹿ではない。策を練っていたのだ。
「鶴首山に兵を向かわせる。八木城に背を向ける」
「何を馬鹿な。逃げるのか」
源蔵が目を剥いている。面白いな。からかい甲斐がある。
「違う。逃げれば追いたくなるだろう。城から引きずり出す。鉄砲隊、弓隊を後方に備えておく。鶴首山に行くと見せかけるのだ。罠を張る。源蔵殿、ここが正念場だ。気合いを入れるのだ」
「う……む……」
「弱気になるな。そなたは香西の次期当主。ドンと構えていろ」
輿に乗り込む。輿が動き出した。騎馬武者たちも動き出す。
しばらく輿を動かした。後ろで喚声がする。
轟音がした。鉄砲隊が一斉射撃をしたのだ。勝った。そう思った。
「敵が怯んだぞー、進め――――――ぇっ」
三郎右衛門が大声を上げている。八木城から波多野勢が出てきた。狙い通りだ。こちらの勝ちは決まったな。