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166/248

166、初陣

永禄五年(1562年) 四月上旬 近江(おうみ)(のくに) 大津 伊勢虎福丸


 大津に軍勢八千が集結していた。朝日が昇っている。これから朽木攻めだ。方々には触れ回っている。本当は陽動だ。狙いは桐野(きりの)河内(ごうち)にある。


 波多野を油断させる。


「虎福丸殿、朽木は怯えておりましょうや」


 頭巾(ずきん)の男がやってきた。香西(こうざい)道印(どういん)入道(にゅうどう)。細川の家臣で丹波に根を張る男だ。


「怯えておりましょう。そろそろ使いが来るのではないですかな。まあそれよりも六角が驚いておりましょう」


「六角を敵に回して良いのですか」


 道印(どういん)の背後にいる若い男が言った。


香西源(こうざいげん)蔵元(ぞうもと)(ちか)と申す。入道殿の甥にござる。六角が京に雪崩(なだ)れ込めば、いくら伊勢家と言えど」


「六角はそれどころではござらぬ。東に浅井と言う大敵を抱えておりまする。危ない橋は渡りますまい。六角右衛門督(ろっかくうえもんのかみ)も愚かではない」


「しかし」


「心配無用。入道殿の軍勢と合わせれば、桐野(きりの)河内(ごうち)を取り戻すことは難しくありませぬ」


 (こう)西元(ざいもと)(ちか)が不満そうだ。若いな。


「これ、源蔵(げんぞう)。落ち着け。虎福丸殿には天賦(てんぷ)の才がある。三河一国を守ったのだ。この御仁(ごじん)に我らがとやかくも言うまい」


「それは承知しておるのですが」


 何か言いたそうだ。まだ若いな。そして青い。小僧だ。


「その先が厄介です。三好が我らの動きを許すか」


「虎福丸殿と三好筑前殿は昵懇(じっこん)間柄(あいだがら)とお見受けするが」


 今度は入道だった。そうだ。表向きはな。ただ筑前は俺の力を(おそ)れている。筑前は俺の邪魔をしたくてたまらなくなっているだろう。


「許すでしょう。今はまだ。三好も六角・畠山と仲が悪くなっています。公方様を追放したのがまずかった。三好は周囲に敵を作った」


 三好の天下も長くない。三好長慶も力が衰えている。この隙に伊勢家を大きくする。伊勢家にはそれだけの力がある。









永禄五年(1562年) 四月上旬 丹波国 桐野河内 伊勢虎福丸


 摩氣(まけ)神社(じんじゃ)境内(けいだい)に入る。甲冑は着ていない。軽装だ。周りを(つつみ)三郎(さぶろう)兵衛(べえ)河村権之(かわむらごんの)(すけ)ら家臣たちが固める。波多野勢二千は逃げるように去っていった。呆気(あっけ)ないものだ。戦になると思ったが。


 境内(けいだい)には巫女たちがいた。十人くらいだろうか。見たことがない若い女たちだ。


「ど、どうかお命だけはご容赦(ようしゃ)を」


 巫女の一人が慌てて床に()いつくばる。他の巫女たちも土下座した。怖がられたものだ。


「波多野の女衆か。手出し無用と命じてある。俺は伊勢虎福丸。どうだ。俺に仕えぬか」


「つ、仕える……」


 巫女の目が見開かれた。


「そなたたちは見捨てられた。波多野に先はないぞ」


 巫女たちが顔を上げ、顔を見合わせた。


「伊勢家は豊かだ。良いところだぞ。波多野なんぞについていれば殺されるだけだ。どうかな?」


 巫女たちが頷いた。良かった。これで血を見ることはあるまい。


 これで波多野がどう出るか。お手並み拝見といこうか。


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