148、岡崎の戦い
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 岡崎城 城下町 堤千代丸
見渡すと武田の軍勢がうようよいる。気を張る。これが俺の初陣になる。爺たちが心配そうに俺を見る。俺だって戦に出たくはなかった。
まだ十歳だ。戦に出るのは早いと母様にも叱られた。だが、若は四歳なのだ。まだ武芸すらできぬ。戦に出れぬ若の代わりに俺が戦に勝つ。
長井甚八郎、堀田但馬といった面々が周りを固める。いずれも堤家代々(だいだい)の家臣だ。そこに平岩七之助殿の松平勢が加わる。ざっと二千程の兵だ。武田の軍は八千程。穴山勢だろう。旗印がそうだ。
「我ら平岩勢が血路を開き申す! 続けて突っ込んで下され!」
「おう!」
「任せて下され!」
七之助殿が笑みを浮かべる。平岩勢が声を上げて突っ込んでいく。武田勢が怯んだ。道が開く。
「ウォォーーーーっ、どけィ、松平蔵人が家臣・平岩七之助親吉なりっ、道を開けろおォォーーーーっ」
日頃は優しくて怒ることのない七之助殿が鬼の形相で吠える。ぶんぶんと槍を振り回す。とても近寄れん。
「七之助殿に続くぞっ、我ら堤衆も突撃するっ」
長井、堀田が馬を走らせる。馬廻りと小姓たちが俺を守る。
必死で戦った。半刻ほど経ったか。武田勢も勢いに押されてばらばらになる。大将らしい将もいない。七之助殿が馬を寄せてくる。
「どうも城下町の外にいるな。よし、千代丸殿。城下町から出るぞ。敵を追う」
「御意。行くぞ。者どもっ」
応じる声が上がった。皆、元気だな。
平岩勢が斬り込む。その後ろで堤勢が突っ込む。その繰り返しだ。四度目にまた城下町に戻って来る。
「ハハハ。見たか。松平の力を。虎福丸殿を討たせはせぬわ。ハハハ」
七之助殿が誰もいない民家の玄関にごろりと横になった。ただ顔は笑っている。
「武田は退きました。我が方の勝ちです」
「そうだな。千代丸殿。斬り込んで良かったわ。奴ら、泡を喰っておったぞ」
「はい。さしもの武田も疲れておったのでしょう。さすが若。すべて見抜いている」
「全くあの御仁は、底が知れぬな。アハハ」
二人で笑い合う。武田を押し返した。勝ったのだ。清々(すがすが)しい思いだ。若、やりましたぞ。我らは勝ちました!
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 岡崎城 堤千代丸
「若、戻って参りました。城下町の守りは七之助殿に任せました」
若が立ち上がる。そしてこちらに歩いてくる。
「よう戻ってきた! 千代丸、お前ならやれると信じていたぞ」
若が抱き着いてきた。珍しい。若はいつも動じない。余裕に構えている。肚の底が見えぬ恐ろしい御方だというのに。
「何の。この千代丸、殺しても死にませぬぞ。神仏の加護がついておりますしな! それに若のわがまま放題にも付き合いたい。そなたこそ、何を弱気になっておるのだ。虎福丸、ドンと構えていろ」
「こ奴めが、言うようになりおって」
軽く頭を叩かれた。不思議と不快さはない。友とじゃれ合っている。そう思えた。




