136、謀略潰し
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 細川晴元の屋敷 伊勢虎福丸
「フフフ。久しぶりの京よ。六角左京大夫、いや出家して承禎入道殿だったか。六角家にいた。三好孫次郎が京に入れてくれなかったのだ」
細川晴元が笑みを浮かべながら言う。凡愚かと思ったが、さすがに細川京兆家の当主だな。カリスマ性が半端ない。家臣たちも没落してもこの男についていくわけだ。
「あなた、孫次郎殿は若い頃の名でしょう。今は三好修理大夫長慶殿ですよ」
奥方が窘めるように言う。
「そう。そうであったな。あ奴が仙熊丸という童子であった頃から目にかけてきた。それは可愛らしい童子であったぞ。虎福丸、そなたと同じよ」
「修理大夫殿が童の頃ですか。そんな時もあったのですね」
「そうだ。童の頃より乱れた世を憂いておった。それは儂も同じことよ。足利尊氏公より南北朝の争いあり、これまた義政公より応仁の大乱あり。この世を鎮めるは細川の役目と心得ておった。その細川も政元公が暗殺され、家督を巡って揉めた。父上も若くして死んだ。儂の代でようやく細川家が畿内を制した。だが、仙熊丸は儂を疎ましがった。細川京兆家が邪魔になったのだ。義輝殿が力を持つことを好まず、義輝殿と儂の力を削ぎにいった。儂はやむなく近江に逃れた。承禎入道殿は温かく迎え入れてくれた」
「兄上は細川京兆家の味方でしたから」
奥方が言う。この奥方は六角承禎の妹に当たるのか。細川晴元が生き長らえたのは六角のバックアップがあったからだ。
「虎福丸、儂はな。こたびのことで家臣を止めはせぬ。大徳寺の積み荷は細川京兆家に運ばれるものだったのだ。それを奪った三淵は許せぬ」
「三淵殿を許さねば、争いになりまする。それでは三好の思う壺ではござりませぬか?」
細川晴元が目を瞬かせた。なぜ三好の名が出るのか。そんな感じだな。
「虎福丸殿はこたびのこと、三好の仕業と思われまするか」
六郎が口を挟む。ああ、そう思う。義輝を疎ましく思っているのは三好だ。六角や畠山の仕業ではないだろう。
「はい。公方様を長年支えてきた忠臣三淵殿と三好家。不倶戴天の敵同士にございますが、手を組むこともございます。それは自分たちよりも厄介な者が現れた時にございまする」
「厄介な敵? 儂のことか?」
「いえ、右京大夫様のことに非ず。上野、進士ら幕臣のことにございまする」
「三淵も幕臣だが……」
そう、三淵も幕臣だ。ただ三淵の忠義はあくまで義輝に向けられたものだ。幕臣に対してではない。
「それがしは十万の兵にて畿内を動き回りました。春齢様に頼まれて菓子を求めていっただけだったのですが、それが誤解を招いた。三好はこの動きが気に入らない。三好日向守に岩成主税介、松山新介……曲者揃いの三好家のことです。三淵殿を嗾け、大徳寺の積み荷を奪わせる。怒った細川京兆家を幕府の兵で殺し尽くし、滅ぼす。三好家は右京大夫様の仇討ちといって幕府軍を叩くつもりでしょう」
「儂を……いや細川京兆家を戦を始めるための餌として使ったのか。三好日向守め、昔から悪知恵だけは働く男であったわ」
晴元が険しい顔になった。そう、餌だ。三好家にも策士がいる。細川晴元を疎ましがっている者たちが。
「分かった。虎福丸よ。矛を収める。家臣たちには儂から話しておく」
「ありがとうございます。ただそれがしが助言したことは内密にお願いします。そのほうが動きやすい」
「分かった。やはりそなたは麒麟児よ。細川京兆家が滅ぶところであったわ。礼を言う」
晴元が頭を下げた。意外と頭の回転が速い。細川京兆家には滅んでもらっても困るな。三好の強硬派を抑えるには細川の力が必要だ。まあひとまずは安心といったところか。




