135、細川京兆家(ほそかわけいちょうけ)
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 船岡山城 伊勢虎福丸
「すみませぬ。弟の私ですら会えぬ程の重病でして」
細川与一郎が困った顔で言う。三淵に会おうと思ったが、病だと断られた。細川家中の者たちは憤っているという。細川晴元は止めようともせず、のほほんとしている。事態は緊迫している。
「与一郎殿、弾正左衛門殿は本当に重病なのでしょうか?」
「いや、怪しいと思いまする。思えば、兄はこの頃おかしかった……私も避けられていたと思います」
「心当たりがあるのですか?」
「はい。口数も少なくなっていました。あと、虎福丸殿を畏れているようでした」
「私を?」
「十万の兵を率いている虎福丸殿が怖くなったのでしょう。伊勢氏は細川・山名と共に足利を支えるのが役目。兄はそう考えていました。虎福丸殿御謀反とあれば、足利も終わり、と」
「馬鹿な。妄想です」
与一郎が湯飲みを手に取った。
「幕臣たちは虎福丸殿を畏れているのです。虎福丸殿がこの国の武の頂点に立つとも限らぬ、と。あなたは聡明に過ぎる。足利に取って代わるのが伊勢氏でないと言えましょうか」
幕臣、いや三淵はそれを心配して今回の騒動を……。
「私は童に過ぎませぬ」
「周囲はそう思っておりませぬ。兄もその一人でしょう。そのため、何か企んでいるとしか思えませぬ。ただ……」
「私を斬るとしたら、新年の挨拶に御所に行った時に斬れますからな」
そう、俺を殺すのならいつでも機会はある。それなのに三淵弾正はそうしなかった。目的は俺を殺すことではない。そして、大徳寺の積み荷が奪われた。……一体何が目的だ?
「今のところ、兄の考えていることは分かりませぬ。ただ虎福丸殿が三河に行けば畿内は柱を失いましょう。紀伊や河内でも畠山に不満の声が上がっております。近江の六角も国人衆に呆れられている」
「天下は乱れる……それが弾正左衛門殿の狙いか」
「細川京兆家を怒らせたのもそれが狙いやもしれませぬ。だとすれば、兄上、何と愚かなことを」
細川藤孝が天を仰いだ。三淵がそんな愚か者でないと思わんがな。ただ足利を見限ることはしない。忠臣だ。伊勢氏よりも進士たちよりも。お家のことを第一に考える。そういう男だ。足利を信じているのだろう。義輝の下で畿内はまとまりつつある。俺がいてもいなくても畿内の平穏は揺るがない。三淵は放っておく。どうせ大した動きはできない。三好長慶も松永久秀も俺の味方だ。三河に行く。その考えは変わらない。
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 細川晴元の屋敷 伊勢虎福丸
「おお、虎福丸殿! 会いたかったですぞ!」
俺は細川晴元の屋敷を訪れた。屋敷は立派なものだ。贅を尽くしている。駆け寄ってきた男が笑顔で話しかけてくる。
「細川六郎にござる! 父上も待ちかねておりましてな。ささ、部屋まで来て下され」
歴史小説でよく描かれる愚鈍な人物には見えんな。細川六郎の後ろをついていく。細川家は美男子の家系なんだろう。
「虎福丸。痛快なる童子。近う」
「ホホホ。あなた。ようやく虎福丸殿に会えましたわね」
中年の男がいた。がっしりとした体つき。身長も高い。イケオジだ。もう一人は中年の女なのだろうが、美しい容姿をしていた。おそらく、細川晴元の妻だろう。
細川晴元、初めて会うな。一体、どんな人物なのか。楽しみだ。




