133、虎福丸の庇護者(ひごしゃ)
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
女中の五十鈴が湯飲みを持ってきた。熱い白湯が入っている。体が温まるわ。
「出羽も国人衆が乱立してまとまりがありませぬ。最上は足利御一門衆にござる。従って当然というのに」
最上源五郎義光がしみじみと言う。いや、お前は国人衆たちの可愛い娘たちを自分の嫁にしたいだけじゃないか?
「出羽国も大変でごわすな。九州も九州探題たる大友がキリシタンにかぶれ、皆が怒っているでごわす。大友に相良、日向の伊東、大隅の肝付、隙あらば領土を広げんと野心を滾らせており申す。愚かなことでごわっそ」
島津又四郎が苦い顔になる。東北に九州、戦乱が絶えないのはどこも同じだ。足利がいても世は乱れる。
「この戦乱がいつまで続くか……。百年、二百年は続くのではないでしょうか」
伊集院源太が言う。歴史は変わりつつある。三好長慶は健在だし、息子の筑前守義長もピンピンしている。ということは信長が畿内に出にくくなるということだ。他にも史実なら死んでいるはずの斎藤義龍や尼子晴久も生きている。信長が畿内を制覇できなければ、三好長慶が天下を統一するのか? あの男にその気があるのか……。
「足利家はいろいろありましたが、今は虎福丸殿がいる。当分は大丈夫でしょう。ただ虎福丸殿は儲けすぎた。遠く出羽国にまで名声は聞こえております。それ故に敵も多い」
源五郎、何が言いたい? まあ俺も領地は三好家に比べれば僅かだ。その分、目障りだろう。
「いざとなれば、島津水軍で虎福丸どんを薩摩に連れて帰りましょう。兄上もおい(※薩摩弁で僕という意味)も虎福丸どんの味方でごわす」
島津又四郎がニッコリと笑いかけてくる。さすが義の武将・島津義弘、頼りになるな。
「それがしもでござる。虎福丸殿、いざとなったら出羽に来られるが良い。最上家はそなたを歓迎しますぞ」
源五郎が笑みを浮かべながら話しかけてくる。薩摩と出羽か。畿内もどうなるか分からん。今は三好、畠山で畿内は平和になっている。ただ六角の馬鹿殿がいる。この男がどう動くか……。もう六角家内部では六角右衛門督に対する不満が高まっている。いずれ爆発するだろう。
話は交易のことになった。皆、明国のことが気になるようだ。明の貴族の女たちが衣服を豪勢にしているという。優雅なことだ。ただモンゴル辺りの軍が明にちょっかいをかけている。そのことで明の商人たちが出羽にも手を伸ばしているという。武器だ。武器を欲しがっている。いい話を聞いた。早速、槍や刀を明の商人に売ろう。きっとたくさん売れるぞ。
永禄五年(1562年) 一月上旬 河内国 飯盛山城 三好長慶
寒くなってきた。目の前を見ると不安そうに男がこちらを見る。
「殿……それがしに三河に行けとは。承服しかねまする」
鳥養兵部丞貞長が汗を流しながら、困った顔をしていた。愛い奴よ。
「そなたが虎福丸のことを嫌っておるのは知っておる。だがな、我らを盛り立てたのもあの童子よ」
「し、しかし……」
「そなたが行けば、三好が後ろ盾となっていることが分かろう。なに、松平蔵人のところでゆっくりと羽根を休めておけばよい」
「そう、殿が申されるのであれば……」
渋々(しぶしぶ)ながら、兵部丞が頷いた。これで良い。誰も虎福丸に手出しはできぬ。虎福丸は足利との結びつきを強めるためには欠かせぬ童子よ。こんなところで死なせてはならぬわ。




