130、牛乳製造
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 伊勢貞孝の領地 牧場 伊勢虎福丸
「モォ~」
俺は清原の屋敷を出ると家臣たちと牧場にやってきた。畜産センターも併設されており、鶏も飼育されている。
「どうだ。乳牛たちの様子は」
「元気ですな。皆、子を産みたがっておりまする」
牛飼いの男が答える。乳牛を買って集めている。牛乳を作るためだ。これを新製品として売り出す。もう石鹸や木製の歯ブラシは売れている。酒も順調だ。次に目をつけたのが牛乳だった。この時代、牛乳を飲む文化はない。明治時代に明治天皇が牛乳を飲んでいることが民に伝わって、一種の牛乳ブームが起きる。江戸時代でも南部重直は江戸時代初期から牛乳を飲んでいるし、幕末では水戸の烈公・水戸斉昭もプライベートでは牛乳を飲んでいた。
ただ日本に牛乳を飲む文化がなかったわけじゃない。古くは日本を建国した神武天皇が牛乳を用いたとされている。つまり、牛乳が日本の文化の中で全くなかったわけじゃない。
これは売れるだろう。牛乳は甘くておいしい。健康にもいいしな。最初は奇異な目で見られるだろうが、日本人は意外と新しい物が好きだ。こういうところは転生者の特権だな。
あと兵の調練も怠らない。兵農分離で専門の武士団を作った。皆、武家の次男、三男坊だ。暇だし、功名に逸っている。
伊勢氏の拠点は船岡山城だ。これは義輝の住んでいる御所のすぐ北にある。義輝の御所は元々斯波氏の屋敷だった。義輝は新御所を建造中だ。自分好みの壮麗な御所を作りたいのだ。俺は船岡山だけでは満足しない。すぐ近くに大文字山と言う山がある。ここに城を作る。正月を明けたら、すぐに作り始める。
幕臣や三好が変な気を起こすとも限らん。伊勢の兵だけで五千を越えている。徴兵には力を入れた。史実通りの伊勢氏粛清はシナリオとしてあり得るだろう。平和な時代になると今度は身内の権力闘争になる。歴史物語の定番だな。
あと俺専用の抜け穴を用意させる。地下道を作る。知っているのは一部の者たちだけだ。
用心に越したことはない。気になるのは清原の寿姫のことだ。違和感がある。心なしか空元気だった気がする。気になるな……。まあいい。三好筑前守も三好の重臣たちも味方だ。しばらくは平和な世を楽しもう。
北の南部家から年賀を祝う使者が来たのには驚いた。当主の南部晴政は俺のことが気になるようだ。貢物の中には牛乳もあってびっくりした。この男も交易に熱心なようだ。一度、南部家に来てみてはどうか、とまで使者は言った。
南部か。遠いけど行ってみようかな。いや、待て。まずは松平元康を助けてやらないとな。
「モォ~」
「コケコケコケ。コケッコー!」
殖産興業、富国強兵は順調に進んでいる。明治政府の二番煎じだがな。明治政府の内務卿・大久保利通は殖産興業で国を豊かにした。俺も大久保を見習う。
小瓶の中に入れた牛乳を一口飲む。おいしいわ。転生前のことを思い出す。でもいいんだ。俺はこの世界で生きていくんだから……。