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13、揺れる

永禄四年(1561年) 三月  京 南宗寺(なんしゅうじ) 伊勢虎福丸


 南宗寺は人でごっだ返している。当然か。三好長慶の弟・十河(そごう)讃岐(さぬき)(のかみ)一存(かずなが)が死んだ。享年三十歳。会ったことはなかったな。阿波からも三好(みよし)豊前(ぶぜん)(のかみ)(よし)(かた)三好孫(みよしまご)七郎(しちろう)(やす)(なが)ら三好の重鎮(じゅうちん)たちが飛んできた。俺もお爺様と父上、母上と来ている。


「讃岐守、なぜじゃっ」


 寺の境内の中に十河(そごう)一存(かずなが)の遺体が安置されている。その横で三好修理大夫長慶が床に手をついて、大声を上げていた。隣には少年と若い女がいる。十河一存の息子・十河(そごう)(くま)(おう)(まる)だろう。もう一人は熊王丸の母親かな?


「父上、讃岐守の叔父上は己の生涯を生きたのです。悔やまれることは」


「お勝っ、讃岐守が死ぬなど、受け入れられるかッ。こんな馬鹿なことはないぞッ」


 女がきゅっと口を結んだ。お勝。三好長慶の娘だな。鎧を身に着けて、弓道に打ち込んでいるという話は聞いている。ジャジャ馬だ。


「しかし、叔父上も寿命でございましょう」


 お勝が冷ややかな目で長慶を見た。お勝は松永久秀に嫁いでいる。若い嫁だ。長慶はそれだけ松永久秀のことを大事に思っているのだろう。


「いや、お勝よ。寿命ではないぞ」


 顔を赤らめた男が吠えるように言った。大声だな。皆が驚いて男の顔を見る。


「摂津守、何を言い出すのだ」


 修理大夫が声を上げる。安宅(あたぎ)摂津(せっつ)(のかみ)(ふゆ)(やす)、長慶の三番目の弟だ。淡路国を任され、水軍衆も束ねている。教養のある文化人であるはずだが、怒っているようだ。


「讃岐守は殺されたのでござる。そなたの夫にな!」


 摂津守がお勝を睨みつけた。お勝は顔を()らす。


「叔父上ともあろう方がそのような戯れ言を」


 苛立(いらだ)たし気にお勝が(つぶや)いた。


「まあまあ、叔父上。落ち着いて下され」


 三好(みよし)筑前(ちくぜん)(のかみ)(よし)(なが)(さま)が二人の間に入る。三好家の重臣たちも集まってきた。


「これが落ち着いていられるか! 私と豊前守の兄上は弾正少弼によって修理大夫の兄上に讒言(ざんげん)されておるのだ。讃岐守も死の直前まで弾正少弼と一緒だったと聞く。弾正少弼が我ら兄弟の離間を図っているに相違なし!」


「夫は……弾正少弼はそのような汚い事は致しませぬ」


 お勝が腹立たし気に摂津守を睨む。摂津守は周りを見回した。


「大叔父上、叔父上、そして豊前の兄上もそう思われましょう。幕臣の進士美作守と手を組み、三好家を乗っ取ろうとしているのだ!」


「いや、(わし)は」

「摂津守、考え過ぎであろうよ」


 名指しされた摂津守の大叔父・三好(みよし)日向(ひゅうが)(のかみ)長逸(ながゆき)と叔父である三好孫(みよしまご)七郎(しちろう)(やす)(なが)は同調しない。摂津守は黙っている次兄・三好(みよし)豊前(ぶぜん)(のかみ)(よし)(かた)を見た。険しい表情の義賢が摂津守を見る。


「弾正少弼、その素行、疑いなしとはとても思えぬ」


 阿波国を任されている三好豊前守の言葉は重い。場はシンと静まり返った。


「讃岐守様……」


 背後から声がした。振り向くと松永弾正少弼久秀が立っていた。


 松永弾正少弼の側には女がいる。若く美しい女だ。公家・広橋家の娘で関白の嫁だった保子(やすこ)だろう。正室ではないものの、弾正少弼は保子に入れ込んでいるという噂は俺の耳にも届いていた。冷たい感じのする美人だ。


「弾正少弼殿、讃岐守を、我が弟をよくもッ」


 摂津守が弾正少弼に襲いかかろうとするのを三好筑前守と岩成(いわなり)主税(ちからの)(すけ)が止めに入っていた。岩成は三好の重臣だ。


「摂津守殿、いかがなされた。それがしは讃岐守殿の病の治癒のため、有馬の湯にお連れした。そこで倒れられたのだ」


「何をいけしゃしゃあとッ。そなたが毒を盛ったのであろう。元気になった讃岐守が死ぬはずがない」


 松永弾正少弼が目を見開いた。


「心外にございまする。私は讃岐守殿の病が癒えれば、と思って有馬温泉にお誘いしたのでござる。毒など盛っておりませぬ」


「真の言葉とは思えぬ」


 摂津守が弾正少弼を睨みつける。摂津守の弾正少弼への敵意は相当だ。弾正少弼と摂津守の対立。史実ではこれが三好家崩壊への引き金となる。


 しかしなあ、松永弾正少弼が劣勢になるのは俺としても看過できない。三好家の連中が伊勢に敵意を持つ以上、松永と三好長慶だけが伊勢の味方と言える。


「摂津守様、恐れながら申し上げまする」


 俺が声を出すと、摂津守がこちらを見る。皆も俺を見た。


「松永弾正少弼様が十河讃岐守様を暗殺することなど、有り得ぬかと思いまする。和泉の守りは讃岐守様のお役目。讃岐守様が亡くなれば、河内の畠山(はたけやま)尾張(おわり)(のかみ)高政(たかまさ)が和泉に攻め寄せましょう。弾正少弼様が仕える三好にとって、これほどの不利益もありますまい」


「ふむ。そなたが噂の虎福丸か。弾正少弼は畠山を利し、自らが畿内の覇者となることを考えておるのだ。そのために我が弟・讃岐守が邪魔になったのであろうよ」


「はて、そうでしょうか。十河讃岐守様が亡くなることによって、松永弾正少弼様に何の得がありましょうや。三好の力が弱まり、六角や畠山、赤松といった諸大名が勢いづくだけにございます。松永弾正少弼様にとって何の益があるのか」


「……」


 摂津守が押し黙った。周りも静かになる。


「摂津守様、この松永弾正少弼久秀、十河讃岐守様を暗殺などしておりませぬ。三好修理大夫様に忠義を尽くしてことに変わりありませぬ」


 俺は摂津守を見た。摂津守は口を固く結んでいる。勝負あったな。あまり弾正少弼をいじめてくれるなよ。あいつは伊勢の勢力拡大には使える奴なんだ。


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[気になる点] 三好氏の菩提寺の南宗寺は京ではなく堺では?
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