129、清原家のお転婆姫
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 清原枝賢の屋敷 伊勢虎福丸
「そういえば、御所に行かれましたかな?」
「はい。公方様に新年の挨拶をしてきました」
間がある。ああ、義輝に会ったよ。相変わらず、交易をしたがっていた。九州に基盤を作りたがっている。そのため、大友を味方に引き込もうとしていると嬉々として話してくれた。
大炊頭が値踏みするようにこちらを見ている。公方の母親は公家の出だ。ただ公家衆は義輝と幕臣たちを嫌っている。公家たちには荘園がある。その荘園の権益を幕臣たちは平気で侵す。細川藤孝は優等生だが、他の連中は……。ま、下剋上の世だ。公家たちも黙って何も言えない。
「朝廷では公方様に陰口を叩く者が珍しくおじゃりませぬ。全く困ったことで……」
「血でしょう。足利は後醍醐帝の親政を許さなかった。今の公方様は近衛家の御子息。それでも半分は足利の血だ。足利に頼れば武士の横暴の時代は続きます」
「……それで公家の中には修理大夫殿の方が良かったと。なぜ三好豊前守殿を追放したのかと、怨嗟の声がありましてな」
三好修理大夫長慶と弟の三好豊前守義賢のほうが公家衆に人気なわけか。あの兄弟は公家の権益に興味がない。金ならいくらでもある。公家の領地を取らなくても良いのだ。
「それは致し方なき事。幕臣たちの頭には三代義満公、四代義持公の栄華を取り戻すことしか頭にござらぬ」
「何と愚かな……」
大炊頭が絶句していた。知らなかったのか? 幕臣たちは馬鹿が揃っているぞ。馬鹿率は極めて高い。
「幼少の折より、公方様はそのような幕臣に囲まれて育った。籠の中の小鳥ですな。公家の方々には考えられぬ温室育ち故」
「公方様が気骨ある近衛家でお育ちであれば……!」
「まあ、仮の話をしても仕方ありませぬ。伊勢家とて今の幕府では肩身が狭き思いを致しておりまする。公方様も籠の鳥から抜け出でれば良いのですが……」
「それを願いたいでおじゃりますな……」
奸臣佞臣が蔓延る幕府か……。まあ有能な奴もいるんだがな。権力がない。よって発言力もない。十万の兵を蓄えたとて滅びの道を行くぞ。いざとなったら三河に逃げて織田信長か、今川氏真に保護してもらうか。
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 清原枝賢の屋敷 伊勢虎福丸
「まあ、お待ちしておりましたわ。虎福丸殿」
ニコニコ笑っているのは寿という女子だ。大炊頭の妹で年は十六かそれくらいだろう。
寿の上に姉が一人いる。恐らく史実でガラシャ夫人の侍女だった清原マリアだろう。会ったことはあるが、冷たい感じのする美人だ。寿は子供にも優しいし、いつもニコニコしている。宮中に上がれば、公家の男たちが放っておかないだろう。
部屋は書物の山だった。さすが学者一族の娘。自分の部屋がミニ図書館みたいになっている。末は清少納言か。
「ささ、こちらに来て給う。お話を聞かせて頂戴な」
寿がぽんぽん隣の席を手で叩く。お転婆だなあ。文学女子とは思えん。
俺は遠慮なく隣に座る。寿がうっとりとこちらを見つめてくる。
「本当に光源氏ね。あなたは……」
俺ってそんなにイケメンか? まあ、父上は女にモテるから、俺も父上みたいになるんだろうけど……。
「寿殿、それがしは武家でございまする」
「でも三条家の家人でもあるでしょ。勿体ないわぁ~。あなたなら関白にもなれると思うのよ」
「買い被りにございます。まだ幼き身にございますれば……」
「ウフフ。そういう謙遜もス・テ・キよ。うん、私の理想の殿方ね」
「寿殿は公家に嫁がれる身。そのようなことを申されては」
「いいじゃない。まだ嫁いでないんだしぃー」
寿が拗ねて唇を尖らせる。この女、俺に惚れているな。清原マリアの妹って史実では何をやっていたんだっけ? 記憶にない。無名の人物だったんだろうか。
「で、次は何を考えているの? お姉さんに教えて頂戴な」
「山城国の北に伊勢家の領地がありまする。そこで楽市楽座を開きまする。賑わいましょう」
「行く! 行くわ! 虎福丸殿!」
「アハハ。ならその折は案内しましょう」
寿が縋りついてきた。いつものことだ。寿は子供好きだし、話好きだ。こんなところに閉じ込めておくのは勿体ない。それに清原家の娘に楽市を宣伝してもらうのは悪くない。公家たちの荘園から人が来れば、その分儲かる。儲かった分を徴兵に当てる。三河に行くには重武装が必要だからな。




