127、虎福丸の領地開発④
永禄五年(1562年) 一月上旬 尾張国 小牧山城 織田信長
「北に一色、東に松平……真に難儀よな」
権六が小さく頷いた。甥である虎福丸が三河にやって来るという。京は足利と三好のおかげで平穏になった。当分、戦は起こらないだろう。
「蔵人佐は我が友だ。むざむざ殺したくはない。甥御殿に取り計らってもらうかの」
「虎福丸様が仲介するのですか。ただ、蔵人佐様の奥方様は駿府の今川館に人質としています。蔵人佐様は妻子を見捨てることになりますが……」
「見捨てぬならば松平は滅ぶ。見捨てなくても滅ぶ」
松平と同盟は結んである。ただ今川には悟られないように、だ。表向きは織田と松平は敵対している。今川義元亡き後、今川は兵の調練を怠らない。勇猛にして果断。今川氏真とはそういう男だ。
「いかがしたものか……いっそのこと我らで三河を攻めるか」
「三河を……」
「そうだ。美濃など放っておいてもどうせ持たぬ。稲葉勘右衛門など儂に文を寄越してな。愚痴ばかり書いておったわ」
稲葉勘右衛門……稲葉一鉄の倅よ。一色の家中は荒れている。一色喜太郎は女好きだ。家臣の女房に手を出して家臣たちが怒っているらしい。全く、蝮殿に似ず、愚か者よ。
一鉄は美濃三人衆の旗頭。その長男坊が愚痴っているのだ。一色は持たぬだろう。それよりも今川だ。
「蔵人佐は身内も同然。助けるのが道理よ。いざとなれば小牧山の兵を清州に入れる。そうだな。又左を岩崎城に入れよう。三河の動きを探らせる」
「御意」
権六が険しい顔になった。ここからが正念場よ。やれやれ、正月から忙しいことよな。
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 河田弥三郎
手際よく職人たちが働いている。正月から元気なことだ。
「虎福丸様の為なら正月も休んでいられねえですぜ」
職人の一人が笑う。活気に満ちている。良いことだ。石があったので腰を降ろした。握り飯を出す。
一口食べる。塩味が良い。中身は梅だろう。これも伊勢の領地で獲れたものだ。
「ふむ。良い働きぶりだ」
いつの間にか虎福丸様がいた。護衛の武士たちがぞろぞろと続く。
「弥三郎、その握り飯おいしそうだな」
「はい。女房の作ってくれた物ですのでとてもおいしいです」
「ほォ、お藤か。あれは気立ての良い女子よ。弥三郎には勿体ないの」
「これは無体な。それがしに過ぎたる女房であることは家中の皆が知っておりますぞ」
どっと皆が笑った。
「はっはっは。冗談だ。本気ではない。それにしてももう小屋を建てようというのか」
「はあ。正月は休むように言ったのですが、皆うずうずしておるようでしてな。それがしも初詣もそこそこにこうして参ったわけで」
若が笑みを浮かべた。
「鉱山を見つけたのだ。張り切るのに無理もない。伊勢はもっと豊かになる。三河で荘園を得ればもっとだ」
「はっ」
「牧場も作っている。こちらは正月明けからだな。ここも弥三郎に見て欲しい」
「御意。倅どもと見回りまする」
「うむ。頼むぞ。この荘園は幕臣どもに取られるわけにはいかん。馬を増やす。騎馬で部隊を作る。伊勢は強いと周りに知らしめる」
「はっはっは。幕臣も恐れ慄きましょうぞ」
「奴らの悔しがる顔が目に浮かぶわ。明日は御所に顔を出す。奉行所にもな。三河に行った後は留守を頼んだぞ。弥三郎」
「はっ、お任せあれ」
若が笑顔になる。伊勢家は豊かになる。そして、強く……。三河の荘園を得れば、もっと豊かになろう。兵も増える。活気が漲る。伊勢家に仕えて良かった。働くのが楽しくてたまらぬわ。




