119、虎福丸の仕組んだ婚儀
永禄五年(1561年) 十二月下旬 京 伊勢虎福丸
近衛家の姫の花嫁行列が三好筑前守の屋敷に入っていく。
「壮麗ですなあ」
端正な顔立ちをした青年が溜め息を漏らす。尼子三郎四郎義久、尼子家の嫡男の後継者だ。俺たちは屋敷の部屋から行列が入って来るのを眺めていた。
「さすがは摂家の御息女の行列よ。真に綺麗なお方だ」
厳ついオッサンが腕組みをしながらうんうんと頷いた。北畠家家臣の鳥尾屋石見守だ。重臣として家中をまとめている重鎮だ。
「近衛家と三好家の縁を結ぶ婚儀、花嫁は御台所様の妹姫でございますからな。花嫁行列は華麗にいきませぬと」
俺が言うと、二人とも笑みを浮かべて俺を見る。まあ花嫁行列に金を出したのは俺だ。足利家と三好家の和睦の象徴だからな。花嫁行列の武士は幕府の武士がほとんどだが、伊勢家の武士も加わっている。総勢二万による花嫁のお披露目だ。
「これもすべて虎福丸殿のお力ですかな?」
尼子三郎四郎が白い歯を見せながら俺に言う。うーん、陰に隠れているんだが、こいつは鋭いな。史実でもで尼子家が滅んでも長寿だった男だ。嗅覚が尋常じゃない。
「私は三歳の童に過ぎませぬ故」
「はっはっは。またまたご謙遜を」
三郎四郎が笑い声を上げた。この場には三人しかいない。ただ庭にいた何人かがこちらを見た。
「公方様の妙案にて行われた婚儀。全国といかずともこの国の大名家は使者を送っておりますからな。これで全国に公方様の御威光があまねく広がりましょう」
三郎四郎が言うと鳥尾屋石見守が頷いた。そうだな。北は南部家から南は島津家まで使者を送ってきている。義輝の威光は高まっている。足利は義輝の下で復活しつつある。もちろんその下には俺たち伊勢がいて将軍家を支えている。
「ただ大名にも大名の言い分がござる。領地を広げたいと思う者、大きくなりたいという者もまだまだおりまする。応仁・文明の乱より数十年。細川の力は衰え、阿波守護の細川持隆公も三好に殺された。我が尼子家と争っている毛利とて公方様が戦をやめよと申されれば言うことを聞きますまい」
そうなんだよな。特に毛利は尼子・大友と不倶戴天の敵みたいになっている。義輝が仲介に乗り出しても和睦は難しいだろう。
「何じゃ、ここにおられたか」
大声に振り向くと武田信虎がいた。信玄に追放された武田の先々代当主だが、義輝の相談相手になっている。俺のことも気に入っているようでよく贈り物をしてくる。
「虎福丸殿、花嫁がお呼びでござるぞ」
にんまりしながら信虎が言う。花嫁が? うーん、あまり目立つのは好きじゃないんだがな……。
信虎に案内されると姫はにこりと微笑んだ。近衛家の女は美しいな。見られるとどぎまぎしてしまう。
「まあ、虎福丸殿! こちらに」
鶴姫が右手で膝を触る。えーと、え?
「膝に乗られませ」
お言葉に甘えて膝に乗る。
いや、子供っていいよな。美人の膝に乗っても怒られないんだもん。
鶴姫がニコニコしながら俺の頭を撫でる。
「ああ、可愛い。私も嫁入りしたら男子を生みまする。虎福丸殿のような公家と武家をうまくまとめられる。世を泰平にする男子を」
いい匂いがする。まあ、鶴姫に生きる目標ができて良かったわ。今の鶴姫は不幸な女ではない。明るい未来を向かって自分で歩いて行ける女だ。三好筑前守も好青年だからな。似合いの夫婦になるだろう。